ヒカキンができるまで

HIKAKIN ユーチューバー
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スーパーに勤めていた普通の会社員が日本のトップユーチューバーに生まれ変わった
HIKAKIN-宣材写真
 
HIKAKINさん © UUUM

「普通の人」がいきなり有名になる

 僕の日常やおもしろいものを紹介するユーチューブチャンネル「HikakinTV」が、この秋、登録者数1000万人を突破しました。突破の瞬間を生配信していたのですが、あと500人まで迫ったところで実感が湧いてきて、フライングで号泣してしまいました。嬉しかったのはもちろんですが、チャンネル開設からの10年間、いやユーチューバーになってからの15年間が駆け巡って「本当に大変だったな」という感慨がこみ上げたのです。

 動画では苦労を見せないようにしていますが、ここまでの道のりは楽なものではありませんでした。

 ぶっちゃけて言うと、僕は人前に出ることが苦手です。場数を踏んだことで多少は慣れても、人と話す時、特に初対面の人と会う時はプレッシャーがあります。現在は動画をチームで作っていますが、チームを率いて現場でとっさの判断を下すのも、もともと得意ではありません。

 これはあくまで個人的な意見ですが、たくさんの人気ユーチューバーと出会った実感として、普段はやや静かなくらいの人が多いように思います。ピューディパイという世界でトップクラスのユーチューバーにお会いした時もそう感じました。動画での彼は面白いこと、ちょっと過激なことをペラペラしゃべることができるのですが、対面することになったとたんに「シャイすぎてあまり話せないからね」と言われたのが印象に残っています。

 もし人前でも緊張せずに面白いことが言えるタイプなら、お笑い芸人とか別の職業を目指す気がします。でもユーチューバーの場合、極論すれば自宅で一人、カメラの前で話せばいい。だから学校や職場ではおとなしめだけど、家族の前では面白いことが言える、みたいな人が能力を発揮することがありえます。

 ユーチューブというのは、「普通の人」がいきなり有名になることがある世界なのです。

 僕自身もそうです。どこにでもいるような地方の高校生がスーパー店員を経て、ユーチューバーとして好きなことで生きていけるようになった。そして32歳の今では、個人チャンネルを1000万人の登録者数を持つまでに成長させることができた。自分でも奇跡じゃないかなと感じるくらいです。大きな節目を迎えたこの機会に、ユーチューバーとしての僕の歩みや、今考えていることを、お話ししたいと思います。

最初はアメリカで人気に

 ユーチューバーになるきっかけは、新潟での中学時代に遡ります。当時「ビートボックス」というものをテレビで見て、のめり込みました。ビートボックスとは、口や鼻からの発声で、レコードのスクラッチ音やドラム、ベースの音色などを人間が出す音楽表現のこと。日本ではまだメジャーでなく、インターネットで海外のビートボックス動画を探して見まくっているうちに、高校生になった2005年、この年にできたユーチューブと出会ったのです。

 翌06年には、ユーチューブに最初のチャンネル「HIKAKIN」を開設して、自分でもビートボックスを披露しはじめました。高校2年生の冬休みのことです。学校ではあまり目立たない子でしたし、ユーチューブ自体、その頃は日本では知名度がありませんでした。

 高校卒業後は上京して、スーパーの食品売り場で働きました。月給は、寮費を引かれると手元に残るのは13万円くらい。毎日、仕事を終えると社員寮に帰って、深夜までユーチューブに投稿するための動画を撮っていました。撮影場所はワンルームの部屋かユニットバス。ビートボックスが死ぬほど好きだから苦になりませんでしたが、睡眠を削りすぎて、肌荒れがひどかった(笑)。仕事もキツかったのに、よくやっていたなと思いますね。

 僕がラッキーだったのは、時代の波にうまく乗れたことです。

 2010年、ビートボックスがユーチューブの人気コンテンツになってきて、僕の動画がまずアメリカで評判を呼びました。米ヤフーのトップニュースに取り上げられて、その話題が逆輸入される形で、日本でもアクセスが殺到したのです。

 一会社員でありながらブレイクを果たしたわけですが、すぐに「このままでは限界が来るな」と悟りました。というのも当時の僕は、ビートボックスをするパフォーマーという位置づけ。登録者数をもっと伸ばしていくためには、ビートボックスという特殊な技を見せ続けるだけでは無理があると、国内外のトップユーチューバーたちを研究していて気づいたのです。

 じゃあどうするか。出した答えが、自分の日常を見せる新たなチャンネル「HikakinTV」を立ち上げることでした。「なぜビートボックスがあるのに誰でもできるようなことをやるんだ」といったクエスチョンを多くいただきましたが、ファンの裾野を広げるという自分の考えを突き通しました。

 狙いは的中。「HikakinTV」も一気に軌道に乗り、2011年の末には、初めて「HIKAKIN」チャンネルが登録者数日本一になりました。翌年早々、4年弱勤めたスーパーを退社。ユーチューブの広告収入だけで食べていく、専業のユーチューバーになりました。

1000万人_生配信_サムネイル
 
登録者が1000万人を突破(YouTubeチャンネル「HikakinTV」より)

いつまで体が持つかな

 柔軟に、新しいことをどんどん取り入れて、自分を変化させていこう――。日本一になってからのこの10年、ずっと上位にいられたのは、こんな心がけを忘れなかったからかもしれません。

 2013年には、ゲームを取り上げるチャンネル「HikakinGames」を新たに作りました。ゲームをプレイしながら実況する「ゲーム実況」が人気コンテンツになる兆しが出てきた頃でした。僕はゲームも大好きだったので「そんな楽しいことを仕事にしていいなら、やろう!」と。

 この時も「ゲーム実況は専門の人がいるのに、なんで何でもやろうとするんだよ」といった厳しいご意見をたくさんいただいたのですが、現在ではこのチャンネルも、登録者数530万人を超えています。

 好きなことをやってきたので、ユーチューバーを「やめたい」と思ったことは一度もありません。

 ただ「いつまで体が持つかな」というくらい、自らを追い込んでいた時期はあります。今から5年くらい前、20代後半の頃です。

 それまでの僕は、自分だけで動画作りを完結した方が絶対に良いものができる、と考えて、買い出しから編集、すべて一人で担っていました。自分のコンテンツは自分が一番わかっている、ファンのコメントもよく読んでいるし、という頑固な思考があったのです。

 この時期、本当にありがたいことではあるのですが、一気にお仕事をいただけるようになりました。なおかつ、当時のユーチューバーには、毎日投稿するのが当たり前という風潮がありました。僕も複数のチャンネルを抱える身として、年間800本以上の動画を上げていたのです。山ほどの仕事をこなしながら、動画のクオリティも上げようとすると、毎日1~2時間しか眠れない、という状況が1年以上続きました。

 限界までやってみたことで、もっと勢いをつけるためには一人ではダメだと体感的に理解できました。そして頑固な思考を捨てて、チームでのコンテンツ制作という次のステップへと進むことができました。

 実際に踏み出してみると、良いスタッフと巡り合ってしっかり教えていけば、僕よりうまく編集できる人は世の中にいくらでもいるんだ、と学びました。テロップをたくさん入れたほうが見やすいよね、とか、新たな視点を得ることもできました。時代も量より質を重視する方にシフトしてきたので、ここでもタイミングよく波に乗れた気がします。

 ちなみに、そんな過酷な時期をともに経験した同志のような存在が、人気ユーチューバー・はじめしゃちょーです。動画を一緒に撮る機会があると、彼は撮影が始まる直前までソファで寝ているんです。彼もほぼ毎日、動画を上げていたし、どれだけ眠れていないかがその様子からひしひしと伝わってきました。今も一緒に仕事をする機会がよくありますが、ストイックさでいうと彼は化け物です。だから今日まで人気を保てているのだと思います。

完全に休める日はない

 ユーチューバーはカメラの前で演者をするスキルだけでなく、企画力を問われます。次にどんな動画を撮るか、考え続けないといけないのが大変なところです。

 たとえるなら、ゴールのないマラソンを走っているようなもの。はじめしゃちょーもそうですが、数多くいるユーチューバーの中で第一線を走り続けているのはストイック中のストイックな人ばかりで、僕は彼らをリスペクトしています。

 ユーチューバーにこれを言うと共感してくれる人が多いのですが、僕には完全に仕事を離れるオフの日はありません。立ち止まろうものなら、精神的に追い込まれていくので。その穴埋めを後々するくらいなら、軽めにでもジョギングしておいた方が楽でしょ、という感覚でつい動画を撮ったりしてしまいます。

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source : 文藝春秋 2022年1月号

genre : ライフ 芸能 ライフスタイル 娯楽