10年目の慣性

巻頭随筆

エンタメ 読書

 デビュー5年目を迎えたとき、この枠に寄稿していたというご縁から、10周年を迎えたいま改めて文章を書きませんかとお話をいただいた。もうあれから5年経ったのか、と思いつつ「あれ」の記憶が明確にあるわけではなかったので、依頼文と併せて届いた当時の原稿に目を通した。

『5年目の半径』と題された文章は、簡潔に言えば、「私、書き手としてちゃんとしていますし、これからもっとちゃんとしていきます!」と必死に喧伝しているような内容だった。今後のさらなる変化や成長をいきなり誓いまくるような内容だった。

 10年になった今、私はこの文章にこんな題名をつけたい。『10年目の慣性』。三省堂国語辞典第7版によると、慣性は、“物体が、外部からの力の作用を受けない限り、もとの状態を変えない性質”と説明されている。新明解類語辞典を開けば、慣性の類義語として、惰性という単語が並ぶ。使用例は「惰性で進む」。

 5年前の私はあんなにも変化や成長に対して貪欲だったのに、この5年間、私は結局、自分の得意分野をウロウロしていた実感しかない。結局いつも似たような構成、雰囲気の小説を書き続けている。まさに、もとの状態を変えない性質そのものだ。

 ただ、いよいよこのままではいられない。「若いのにすごい」なんて他の作家は頼っていない下駄を履ける年齢でもないのだから、いよいよ褌を締め直さなければと思って――いるわけでもないから筆を執ったのだ。現時点での心境を書き残しておいて、また5年後、読み返してみたい。そしてぐちぐち言いたい。

 というのも、この5年間、個人的には変化や成長を感じられそうなことに挑んではみたものの、書くものは明確に変化しないという習性にたっぷり気づいたからだ。“螺旋プロジェクト”という、8組9名の作家とルールを共有しながら長編競作を行うという企画、目標の一つだった新聞連載。どれも、出来上がった作品を眺めてみると、豚汁にルーを加えてカレーにしましたシチューにしました、という感じなのだ。

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source : 文藝春秋 2020年6月号

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