C・W・ニコルさんは日本人よりも日本が好きな人だった。ぼくによく日本の自慢をしてくれた。
「シーナさん。日本ほど自然に恵まれた国はないんですよ。北海道の北の端にまだ流氷が残っているときに沖縄では海で泳ぎだしている人がいるんですからね」
「わあ、そうか。そういえば本当に……」
そんな国は世界をすみずみ探してもほかに見つからない、とも言った。
ニュージーランドは日本をひとまわり小さくしたぐらいの大きさのそこそこ自然に恵まれた国だけれど、国全体が南半球に位置していて、日本のような繊細な四季というものがない。イギリスも同じぐらいの国だけれど寒いし、自然に汗ばむ夏というものがないでしょう。
いままで考えたことのない日本をニコルさんはしばしば語ってくれた。ニコルさんはこの美しい日本の自然を、さして重要とは思えない目的で破壊していく行為が許せなかったし、同時に黙って破壊されていくモノいわぬ自然が可哀相でならなかったようだ。
あるとき言った。
「シーナさん。ぼくはね王様になりたいんですよ」
「えっ?」と思った。
いきなり外国の人にそんなことを言われるとこちらは対応に困る。その理由は次のようなものだった。
王様になると自分の思うようなことができる。山に入ってきてあたりの自然のバランスというものをろくに考慮せずにどんどん樹木を切っていくような人々をこらしめることができる。
自然に流れている川を納得できる理由もなしに大量のコンクリートでせき止め、川そのものとその周辺の自然、そしてそこで暮らしている人々を苦しめる悪者をこらしめることができるでしょう。日本国中の自然をそうやって守ることができますからね。
カネのためにこの国をいろいろに破壊していく勢力に対してそういうことができるならばどんなに痛快だろう。
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source : 文藝春秋 2020年6月号