黙す春

巻頭随筆

鈴木 るりか 高校生作家
エンタメ 読書

 朝目覚めた時の気分で、今の自分が幸せかどうかわかると言ったのは誰だったか。確かに日々楽しく、満たされている時は寝覚めも良いが、反対に悲しいことがあったり、悩み事を抱えていたりすると、起きた時点で既に陰鬱だ。今はどうか。布団から亀のように首を出し、枕元の目覚まし時計を見やる。いつもなら学校に行っている時間だ。休校になってから、一度もセットしていないキャラクターの目覚まし時計。幼稚園の時、どうしても欲しくて誕生日に買ってもらった。時間になると「アイーン、アイーン」、ストップボタンを押すと「怒っちゃヤーヨ」とおどけた声で言う。その声の主はもういない。新型コロナで、あっという間に死んでしまった。休校が決まったのは、2月の末。その時は、ちょっと長めの学級閉鎖のようなものだと思っていた。またすぐに学校に来るのだろうと。休校は春休みまで。だから友達とも、春休みに出かける約束をしていた。オープンキャンパスにも行きたいと言い合っていた。部活の送別会も楽しみにしていた。すべてなくなった。重い体を起こす。5月の連休明けまで休校が延びた。その間にも「まさか」ということが次々と起こり、非常事態が日常になった。

 日中、マスクを付け、数日ぶりに外に出てみる。いつもより人通りが少ない気がする。もうすっかり葉桜になっていた。陽光が眩しい。コンビニの前を通りかかった時、中から淡いピンクのマスクをした女の子が出てきた。目元に見覚えがあった。小学校の時の同級生Yちゃんじゃないか。茶色がかった少しクセのある長い髪。華奢な体つき。間違いない。だが声をかける一歩手前で、押し留めるものがあった。今はダメだ。でも。戸惑っているうちに、女の子はさっと自転車に跨り行ってしまった。

 またしばらく歩き、うちの菩提寺に差し掛かった。祖母が亡くなったのは、今年の1月2日だった。「正月早々大変だったけど、あのあと世の中がこんなことになって、それを知らずに逝ったんだから、結果的にはよかったんじゃない? 亡くなったのがあの時で」そんなふうに言う人がいた。確かに祖母はとても繊細な人だったから、こんな状況下では神経をまいらせていたかもしれない。でも死ぬのにいい時なんかあるもんか。同じことを、コロナで死んだあの人に言えるのか? 死んだらいつでもそこが最悪だ。わあぁっ、と叫びそうになり、代わりに駆け出す。大声を出すのもよくないと言う。声を上げて泣くこともできない。だがすぐに息が切れる。最後に走ったのは、体育の授業だった。もう2ヶ月近く前だ。

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source : 文藝春秋 2020年6月号

genre : エンタメ 読書