便利な時代になった。どこにいても遠くの相手と電子メールでやり取りできるし、かつては対面が当たり前だった会議さえも、今ではオンライン開催が主流となった。テレワークの普及によって働く場所の自由は増したが、その代償として、時間の自由はかつてないほどに奪われつつある。
この窮屈さは大学教員の僕にとっても例外ではない。大好きな研究だけして生きていきたいのが本音だが、朝から晩までひっきりなしにメールが届くし、ありがたいことにメディアからの取材依頼も少なくない。その応対だけで一日が終わってしまうこともある。
僕は野鳥の言葉を研究している。鳴き声の意味を解き明かすため、毎年6ヶ月以上は長野の森に通っている。じっくりと時間をかけて鳥たちを観察するのが基本だが、その間にも大量のメールが届いているのが現実で、宿に戻るとその対応に忙殺される。
もっとも難しいのは“考える時間”の確保だ。鳥の言葉の意味を調べるには、観察だけでなく、仮説を検証するために様々な実験を立案し、実施する必要がある。そうした実験を計画するには、一人で沈思黙考する時間が不可欠なのだ。
学生時代やポスドク時代はそうした時間がたくさんあった。だから、いつでもどこでも実験計画を思案していた。そして、いくつかの実験のアイデアが閃き、野鳥の鳴き声に単語や文法が存在することを世界で初めて証明できた。教員になってからも研究はもちろん続くが、自由な時間は激減した。限られた時間の中で実験計画を思索するため、僕は“場所”にこだわるようになった。
カフェに行くのである。その日の野鳥の観察を終えると、その感覚がまだ鮮明なうちにノートを持って向かうのだ。森から宿に戻る途中にいくつかお気に入りの店があるので、そのうちの一軒へ。もう、無理矢理にでも立ち寄る。

「調査が終わったらそのまま森で思索すればよいではないか」と思われるかもしれないが、これは大きな誤解である。20年近く研究を続けた結果、僕は鳥たちの言葉を理解できるようになっていて、かれらの鳴き声が聞こえるだけでたくさんの情報が脳内に入ってくるのだ。そんな場所で沈思黙考などできるわけがない。
有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。
記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!
初回登録は初月300円
月額プラン
初回登録は初月300円・1ヶ月更新
1,200円/月
初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
900円/月
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
電子版+雑誌プラン
18,000円一括払い・1年更新
1,500円/月
※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事が読み放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年7,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 塩野七生・藤原正彦…「名物連載」も一気に読める
- 電子版オリジナル記事が読める
source : 文藝春秋 2025年7月号

