東畑開人 スマホゲームに我を失う

東畑 開人 臨床心理士・公認心理師
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 心の健康や回復の根源は「つながり」にある。心理士として真剣にそう考えていて、実際に本や新聞にそのようなことを書いてきたし、臨床でもその方向性で介入することが多い。

 しかし、今回のお題を与えられて考えてみると、私の日常の基底部分は「つながらないこと」によって組み立てられていることに気づく。大学を辞めて、一人職場で仕事をするようになったのもそうだし、趣味は本を読むこと、ランニングすること、昼寝することで、まるで隠者だ。

 さて、そんな隠者生活の中にも反隠者的営みが存在している。スマホゲームである。時期によって、野球とか、将棋とか、シューティングとか、ゲームの種類は変わっていくにせよ、私の生活には常になんらかのゲームがある。課金こそしないと決めているが(堪えきれずしてしまうこともあるが、その場合には他のゲームへと乗り換える)、隙間時間にちょっと嗜むくらいの心構えでいたはずが、実際には無限に時間を溶かしている。

東畑開人氏 Ⓒ文藝春秋

 当たり前だが、スマホゲームをしているとき、私は一人だ。隠者的に見える。しかし、実を言うと、そのときの私は「つながらないこと」の中にはいない。ここが隠者的趣味である読書やランニング、昼寝とは違うところだ。私はゲームとガッチリつながっている。ゲームが与えてくる刺激に、反射神経だけで応答し、頭は空っぽになっている。心はゲームに飲み込まれ、我を失っている。

 ここに「つながらないこと」のヒントがある。つながっていないとき、私の頭にはノイズが満ち溢れている。本を読んでいるときやランニングをしているとき、空想や追憶、なんなら邪念が沸き上がってくる。昼寝だって、そうだ。そのとき、私は夢を見る。それらはすべて、心の奥からもたらされるものだ。

 これに対して、ゲームはノイズを消してくれる。何も考えないで済むようにしてくれる。同じようなことが、SNSにも言えるし、ショート動画にも言える。とにかく疲れているときに、スマホをいじってしまうのはそのせいだ。頭の中がノイズに満たされているときに、スマホが絶え間なく与えてくれる刺激が、あふれ出る想念を強制終了してくれるのである。その意味で、最強なのが人間とのつながりだ。朝、家族と喧嘩をして、頭の中がチクチクやイライラでいっぱいになっているとき、通勤中に友人とスマホでメッセージを交わしたり、職場に着いて同僚と世間話をしたりしていると、ノイズは和らぐ。気分が切り替わり、気持ちがとり直される。

ノイズは心の断片

 こういうことだ。「つながっていること」はノイズを除去し、「つながらないこと」はノイズを召喚する。常識と逆かもしれない。ノイズは他者からやってくるだけではない。自分からもやってくる。それゆえに、私は心の健康のためにはノイズを遮断するつながりが役に立つと考えていたのである。ただし、「つながらないこと」によってもたらされるノイズが単なる悪玉菌ではないことも忘れてはならない。その正体は心の断片である。日々の暮らしの中では忘れていた傷つき、納得いっていなかった憤り、心の深いところに押し込めていた苦い記憶。ノイズとは昼の私の奥底で眠る夜の幽霊であり、心の本棚に収納できなかった散乱したメモたちのことだ。

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source : 文藝春秋 2025年7月号

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