たとえ知性や言論に裏切られても
「おれはいまからでも飛んでいって宮城を焼きはらってやりたい」
毎年夏の戦争をふり返る季節にも、けっしてTVが流さない声がある。たとえば敗戦の年の10月の「日記」に記された、昭和天皇へのこうした怒りだ。
書いた人は1925年に生まれた。かといって三島由紀夫ではない。三島が天皇を罵る「英霊の聲(こえ)」は、66年の作品。この日記も刊行は77年で、自伝小説としての色合いが強いが、著者が当時そう感じていたのは、おそらく本当だろう。

『砕かれた神』を書いた渡辺清は、戦艦武蔵の轟沈を体験した復員兵。静岡の農家に生まれたが、次男では家を継ぐあてはない。それで41年の高等小学校卒業後、すぐに志願して海軍に入る。
入隊の日は「私の体は天皇陛下よりお借りしたもの」という心境だった。復員後の故郷で天皇処刑との噂が飛ぶと、罰あたりだと憤り、敵の手にかかるくらいなら陛下は自決されると信じる。
その昭和天皇が9月、自ら出向いてマッカーサーと懇談し、責任を東条英機へとそらしたと知り、渡辺は激怒する。46年1月に共産党が方針を軟化させ、国民の判断次第で天皇の存続は可と打ち出すと、腰砕けだと失望する。今日に喩えれば、左右の極端でブレる民意のようだ。
本気で天皇を信仰し、だからこそ「裏切り」を許せない渡辺に対し、妙に物わかりのよい人がいる。横須賀から疎開してきた淑子は、戦前に女子大を出て、女学校でも教えたリベラルなインテリだ。
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