ギターを胸に抱えるスタイルで歌い続けた田端義夫(1919〜2013)は「バタやん」の愛称で親しまれた。昭和21(1946)年、復員兵の心情を歌った「かえり船」が180万枚の大ヒット。岡晴夫、近江俊郎と共に「戦後三羽烏」と呼ばれた。40年来の交友があった浜村淳氏が、ありし日の思い出を綴る。
田端義夫さんの最後の映画は「オース!バタヤン」という。
大阪の北鶴橋小学校の体育館でライブが撮影された。
客席は満員だった。司会は浜村がつとめた。バタやんは古ぼけた傷だらけのギターを吊るして登場した。
「オース!」。この第一声だけで客席がどよめいた。
![](https://bunshun.ismcdn.jp/mwimgs/3/c/1600wm/img_3c798d71a316469479cc4990c3e67dc6260293.jpg)
「ぼくは昭和20年3月の大阪大空襲のときナンバの玉屋町の旅館におったんや。ものすごい炎と煙の中、このギターだけ抱えて道路に飛び出した。大勢の人々が道頓堀に沿うて西へ西へと逃げている。つまり大阪湾の方角へ走ってる。そのとき妙な予感が働いてな、ぼくだけ東へ向けて逃げたんや。そしたら眼だけケガして命は助かった。西へ逃げた人たちは気の毒ながら全滅やった。そのときのギターがこれです。情がうつって捨てられへん、いまだに使うてます。ほな、ぼちぼち歌に行こか、1曲目は『玄海ブルース』や」
バタやんのやさしく、のびやかで親しみ深い歌声が会場の隅々にまで広がっていった。客席一同たちまちバタやんの世界に包まれ溶け込んでいった。バタやんは歌の合間に、よく雑談をはさんだ。そうとう苦労の多い前半生らしかったが悲嘆にくれることもなく時にはユーモアもまじえながら淡々と語った。
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source : 文藝春秋 2024年8月号