映画「ゴジラ-1.0」の謎を解く

なぜゴジラに立ち向かうのは戦闘機「震電」と駆逐艦「雪風」だったのか?

太田 啓之 朝日新聞記者

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敗戦から2年近くしか経ていない1947年の日本をゴジラが襲う映画「ゴジラ-1.0」は、「シン・ゴジラ」(2016年)とはまったく違う角度から、山崎貴監督がゴジラ映画の可能性の限界に挑んだ野心作だ。なぜ、山崎監督は敗戦直後の日本を舞台にしたのか。そして、なぜ米国や米軍をほとんど登場させず、ゴジラと旧日本軍人・兵器との戦いを描いたのか――。朝日新聞記者の太田啓之氏がその謎に迫った。また、劇中で登場する旧日本海軍の十八試試作戦闘機「震電」や駆逐艦「雪風」について、映画を見ただけでは分からない山崎監督のこれらの兵器に対する驚異的なこだわりを明らかにする。

「ゴジラ-1.0」より Ⓒ2023 TOHO CO., LTD.

「ゴジラ-1.0」を公開初日に観て帰宅するやいなや、物置にストックしてあった「震電」の内部構造を再現した1/48プラモデルと、「震電」関連の資料をひっぱり出した。映画の中での震電の大活躍にオタク心が燃え上がり、さっそく「対ゴジラ戦仕様」へと改造することを決意したからだ。

 劇中、ゴジラを倒すことに執念を燃やす元特攻パイロット・敷島浩一(演・神木隆之介)の「ゴジラを銃撃して怒らせ、誘導するための戦闘機が欲しい」という求めに応じて探し出されたのが、敗戦から2年近くを倉庫の中で空しく過ごし、朽ち果てかけていた「震電」だった。

 ミリタリーマニアやモデラーの間で、震電の人気は極めて高い。機体前部に揚力を発揮する小翼を設け、胴体の後ろにプロペラを装備した「先尾翼機(当時の日本では前翼機と呼ばれた)」だが、鋭くとがった機首や後退角のついた主翼はジェット機のような洗練されたシルエットだ。観客にとっても、零戦とはまったく異なる前衛的なフォルムの日本機が画面で飛翔するのは新鮮な体験だろう。

 しかし、正直なところ、震電が物語中で最初に登場した時には「この機種選択は果たして、対ゴジラ戦用の兵器として妥当なのか」と首を傾げざるを得なかった。

「ゴジラ-1.0」の完成報告記者会見で、写真撮影にポーズを取る(左から)山崎貴監督、俳優の神木隆之介、浜辺美波、東宝取締役専務執行役員の市川南氏

なぜ「震電」は物語に登場したのか

 震電は日本が最後の力を振り絞り、「米軍のB-29爆撃機を撃墜する」ことだけを目的として開発した戦闘機だ。現実世界では試作第1号機が合計45分ほど飛行しただけで敗戦を迎え、計画通りの性能を出せたかどうかは分からないが、カタログ上のスペックはすごい。零戦五二型の武装が20ミリ機銃2門、7.7ミリ機関銃2丁だったのに対して、震電の武装は30ミリ機銃が4門と段違いに強力だ。しかも4門を機首に集中配置しているため、高い命中率が期待できる。零戦五二型の最高速度が時速約560キロとB-29よりも低速だったのに対し、震電は時速約750キロ。日本の他の戦闘機はB-29が飛ぶ高度1万メートルまで上昇するとエンジン出力が低下して機動力をほとんど失ってしまったが、震電には高空の薄い空気を圧縮してエンジンに送り込む高性能のスーパーチャージャーが装備され、B-29を十分捕捉できるはずだった。

 だが、震電の卓越した高速・高空性能は「低空を比較的低速で飛んでゴジラを牽制し、ゴジラ殲滅を目指す『海神(わだつみ)作戦』が実行される相模湾沖へと誘導する」という任務には無用の長物だ。この任務を果たすのであれば、震電よりもずっと低速・低空での機動性に優れた海軍の零戦か、陸軍の一式戦闘機隼の方が使用機体としては適切ではないか――。私の脳裏には、そんな疑問が瞬時に浮かんでいた。

 だが、物語が進むにつれて、ゴジラと戦う戦闘機としてあえて「震電」を選択した山崎監督の深謀遠慮に逆に唸らざるを得なくなっていった。

 敷島の狙いは、ゴジラを誘導するだけではなく、海神作戦が失敗した場合に爆弾を満載した戦闘機でゴジラの口の中に突っ込み、ゴジラを確実に葬り去るという「特攻」にあった。敷島の依頼で震電の整備・改修を引き受けた元整備兵・橘(青木崇高)は出撃直前、こう説明する。「機銃2門140キロ、機銃弾120発80キロ、そして主燃料タンク分400キロを撤去し、その代わりに機首に二十五番(250キロ)、胴体に五十番(500キロ)爆弾を搭載した」

 戦争中、零戦が特攻の際に機体に懸架した爆弾は250~500キロだったが、元々重い爆弾を搭載することを想定していない零戦が500キロもの爆弾を抱えると、性能の低下が著しく、生来の素早い動きは不可能となってしまった。

 一方、劇中の震電は250キロ爆弾2個、500キロ爆弾1個と、零戦の倍の合計1トンもの爆弾を搭載しているが、4門の機関銃のうち2門と胴体の主燃料タンクを降ろし、高高度飛行の時にだけ必要な操縦席背後の酸素ボンベ4本も外すことで、1トンの爆弾を積んでも震電の重量増はおそらく200キロ前後で収まっただろう。しかも震電は、機関砲、主燃料タンク、エンジンなどの重量物を機体の中央近くに集中配置している。重量物を機体の重心近くに搭載するほど運動性能に与える影響は少なくて済むため、同じ位置に爆弾を搭載しても機動性の低下は限定的だったはずだ。つまり震電は、「重い爆弾を搭載したままゴジラを誘導し、最後にはゴジラに特攻する」というハードな任務を遂行するためには最善の選択ということになる。また、敷島の「特攻」という意図を他の人々に悟らせないため、爆弾は機内に搭載する必要があるが、その点でも機体の外板それ自体で強度を保つセミ・モノコック構造を取らず、内部に強靱なフレームを有する震電は好都合だ。

 それだけではない。「生きて、抗え。」という作品テーマの根幹に関わり、物語中で最大のカタルシスをもたらすのが、実機には装備されていなかった「脱出装置=射出座席」だが、実は震電という機体には「射出座席が備え付けられていても不思議ではない合理的な理由」があるのだ。

「ゴジラ-1.0」より Ⓒ2023 TOHO CO., LTD.

現実にありえたかもしれない「射出座席」

 劇中では元海軍技術士官の野田(吉岡秀隆)が次のように話す。

「……思えば、この国は命を粗末にしすぎてきました。脆弱な装甲の戦車、補給軽視の結果、餓死・病死が戦死の大半を占める戦場……(中略)。戦闘機には最低限の脱出装置も付いていなかった」

 この言葉はおおむね正しいが、厳密に言えば最後の脱出装置についての説明は誤解を招きかねない。パイロットの人命救助を重視した米軍も含め第二次大戦中の軍用機で、搭乗員が身につける落下傘以上の脱出装置が装備された例はほとんどなかったからだ。

 そんな中、ドイツのHe219ウーフーやDo335プファイル、He162サラマンダーなど少数の戦闘機は、本格的な脱出装置である「射出座席」を装備していた。射出座席は、搭乗員が機体から脱出する際に、圧搾空気やロケット噴射によって搭乗員を座席ごと機外へと打ち出す仕組みだ。

 そして、射出座席が装備されたこれらの機体には「パイロットの座席よりも後ろの位置にプロペラやジェットエンジンが装備されている」という共通点がある。こうした機体の場合、パイロットが脱出する際に、後方で回転するプロペラやジェットエンジンの空気取り入れ口に巻き込まれてしまう危険があるため、パイロットを遠くに打ち出す射出座席が必要だった。

 震電も操縦席の後ろでプロペラが回っており、射出座席が必要な条件に合致する。ただし、震電の実機には射出座席はなく、非常時にはプロペラを爆薬で吹き飛ばしてから脱出することになっていた。しかし、プロペラの爆破装置は重量がかさむ上に信頼性の問題もあるため、震電でも爆破装置の代わりに射出座席の装備が検討されたとしても不思議ではない。

 震電の射出座席にはドイツ語の注意書きがあり、ドイツ製とみて間違いない。戦時中の日本はドイツから様々な技術供与を受けており、その一環として潜水艦で射出座席のサンプルがもたらされたのだろう。劇中の設定では、震電は現実世界よりも開発が進み、ごく少数の試作機が実戦配備されたことになっている。「それらの一つに試験的にドイツ製射出座席が装備された」という筋書きには、現実にも起こりうる説得力がある。

 敷島が駆る震電に射出座席が搭載されていたのは決して「物語のつじつまを合わせるためのご都合主義」ではなく、いくつかの「if(もしも)」が重なれば十分にあり得たことなのだ。仮に零戦に射出座席を装備する展開だったら、映画のリアリティーは大きく損なわれていただろう。

 ぶっちゃけた話をすれば、仮に震電の初飛行がもう少し早かったとしても、実戦で活躍した可能性は高くない。震電と同様の「先尾翼機」としては米国も戦争中に「XP–55アセンダー」という機体を開発していたが、操縦性が劣悪だったことなどが原因で開発中止に追い込まれた。震電の試験飛行についての記録にも、プロペラのトルク(回転力)に負けて機体が右に傾く癖がひどかったことや潤滑油の温度の上昇傾向があったことが記されている。複雑な機構のスーパーチャージャーを搭載したエンジンも、欧米よりも工作精度が劣る上に原材料の調達もままならず、爆撃で多くの工場が破壊された当時の日本では、まともに生産・稼働させることは難しかっただろう。

震電の機体最後尾には、大出力を推進力に変える6枚羽根の巨大なプロペラが装備されていた。パイロットが脱出する際には、プロペラに巻き込まれないようにするため、プロペラは爆薬で吹き飛ばすことになっていたが、代わりに射出座席が装備されていても不思議ではない

 それでも山崎監督は「主設計者を務めた鶴野正敬技術大尉の天才性によって、震電が空力的に高い完成度の機体であったとしたら」「ごく少数の試作機が技倆の高い熟練工によって精度の高いパーツで製作され、計画に近い性能を発揮していたとしたら」「試作機の一つにドイツから輸入された射出座席が装備されていたとしたら」「その試作機が戦争を生き延び、優秀なパイロットと巡り合えたとしたら」という、「いくつものあり得たかもしれないif」を緻密に積み重ねていくことによって、劇中の震電に「対ゴジラ戦兵器」としてのリアリティーと生命力を与えることに成功した。私はそのことに対して心から敬意を表する。

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source : 文藝春秋

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