なぜナウシカは「生ける人工知能」を否定したのか《そなたが光なら光など要らぬ》

漫画「風の谷のナウシカ」最大の謎を18人の識者が読み解く

太田 啓之 朝日新聞記者

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サブカル系ライターとしても有名な朝日新聞の太田記者が、自然破壊の愚かさを訴える映画版とは大きく印象が異なる原作漫画「風の谷のナウシカ」の謎に迫る!

 宮﨑駿による漫画「風の谷のナウシカ」について、18人の識者へのインタビューをまとめた書籍「危機の時代に読み解く『風の谷のナウシカ』」(朝日新聞社編)が徳間書店から刊行された。朝日新聞デジタルでの連載記事をまとめたもので、インタビューに答えているのは、軍事アナリストの小泉悠氏、社会学者の大澤真幸氏、生物学者の福岡伸一氏、俳優の杏氏、漫画家の竹宮惠子氏、大童澄瞳氏ら。この連載を企画し、18人中15人の識者へのインタビュアーを務めたのが、朝日新聞文化部の太田啓之記者だ。大反響だったというこの連続インタビューを経て、現代の日本で漫画版ナウシカを再読する意味について、太田氏が改めて書き下ろした。

◆◆◆

「映画を見て感動した人への裏切りじゃないか」

 漫画「風の谷のナウシカ」は、連載をリアルタイムで読みながら青春期・青年期を過ごした僕にとって、ずっと心に刺さったトゲのような存在だった。特に最終巻である第7巻は、刊行された1994年以来、数え切れないほど読み返し、そのたびに、解こうとしても解けない「巨大な謎」を突きつけられる思いを味わい続けてきた。庵野監督も「ナウシカの7巻」について、「宮さんの最高傑作」「映画化したい」とくり返し発言している。小泉悠さんも「危機の時代に読み解く『風の谷のナウシカ』」(以下、「本書」と称する)の中で、「僕の中でナウシカとエヴァはつながっている」「ナウシカやエヴァで味わった『この世の終わり』の感覚が、核抑止戦略に関心を持ち、今の仕事につながる淵源だった可能性はある」と語っている。

漫画版「風の谷のナウシカ」7巻

 漫画版「ナウシカ」は1982年に雑誌「アニメージュ」で連載が始まった。宮﨑駿さんは84年の映画版公開後も、映画制作の合間をぬって懸命に漫画版の続きを描き続け、94年にようやく単行本が完結した。その結果、漫画版のたどり着いた境地は、映画版とはまったく異なるものとなった。(以下の内容は、漫画版のネタバレを含む)

 映画版では、地球上に広がる巨大菌類の森「腐海(ふかい)」は、人間の文明が汚染した環境を浄化する働きをしており、王蟲(オーム)と共に自然の力強さや偉大さを象徴する存在として描かれた。しかし、漫画版では第7巻の途中、腐海も王蟲も滅び去った高度産業文明が生命をあやつる技術を駆使して造り上げた「人工の生態系」であり、ナウシカたち現生人類も汚染した環境に適応できるように遺伝子レベルで改造されていたことが明らかになる。現生人類は完全に浄化された環境では逆に生き延びることができず、肺から血を噴き出して死んでしまうのだ。スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが本書の中で、「映画を見て感動した人への裏切りじゃないかと思った」と回想したほどの衝撃の展開だが、これにはさらに先がある。

 ナウシカは、腐海や王蟲らを手段とする地球再生計画の中枢「シュワの墓所」へと赴く。生ける人工知能のような存在であるシュワの墓所の主は、ナウシカに対してこう告げる。「清浄な世界が回復した時、汚染に適応した人間を元にもどす技術もここには記されてある」「わたしは暗黒の中の唯一残された光だ」「人類はわたしなしには滅びる」と。しかし、ナウシカは墓所の主に対して「否(いな)!!」「そなたが光なら光など要らぬ」と叫び、自らを母と慕う巨神兵の力を使って、墓所を完全に破壊してしまうのだ。

 物語はその直後、ナウシカの「生きねば……」という独白と共に終幕を迎える。その後も腐海による地球環境の浄化は進むだろうが、まさにそれによって、現生人類は遠くない将来に絶滅するとしか思えない――。そんな終わり方だった。理性的に考えれば、ナウシカの決断は、本書の論者の一人・生物学者の長沼毅さんが指摘するように「時間をかけた人類の自決」に他ならず、とうてい認められるものではない。しかし、ナウシカの長く苦しい旅を共にし続けてきた読み手の私たちは、ナウシカの一見理不尽な決断に対して、心のどこかで深くうなずいてしまっている自分自身を発見することになるのだ。

なぜナウシカは「シュワの墓所」を破壊したのか

 なぜ、ナウシカは人類の滅亡も辞さず、「シュワの墓所」を破壊してしまったのか。そこには納得できる理由はあるのか。宮﨑さんはなぜ、物語をこんな形で終わらせたのか――。今になって振り返ると、僕がこの企画を立ち上げた最大の理由は、各界の最前線で活躍する方々の力を借りて、この物語が投げかけてくる「巨大な謎」に対して、何らかの答えを導き出したかったからだと思える。大半の論者の方々にとっても「シュワの墓所でのナウシカの決断」は深く考え込まざるをえないテーマだったのだろう。インタビュアーである僕が水を向けるまでもなく、自らの考えを熱く語り始めてくれた。

「ナウシカ」を巡る謎は単なる物語内での齟齬というレベルにとどまらず、私たちが現代を生きる上で直面する本質的な課題と、深いところでつながっている。それゆえに私たちは、何度でもこの物語に立ち戻らざるを得ないのではないか――。ナウシカを愛する方々との対話を通じて、僕はそのことを強く実感させられた。

 今の日本を生きる識者18人へのインタビューを通じて、本書は「ナウシカという物語の謎」を読み解くことに成功したのだろうか。推理小説の謎解きのような理路整然とした答えが書かれているわけではない。しかし、それぞれの方の語る言葉の数々が本書の中で共鳴し合い、次第にシンフォニーのような壮大な音楽を奏で始めるのに聴き入っていると、「ナウシカ」という物語が私たちに伝えようとしたことの輪郭が、作者の宮﨑さんさえも意識していなかったレベルで、くっきりと浮かび上がってくるのだ。

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source : 文藝春秋

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