サブカル評論家として知られる朝日新聞記者の太田啓之氏が断言! 「世間がジブリに対して『ナウシカ2』を求めている」と言えるのは何故か——。
映画「風の谷のナウシカ」公開40周年
映画「風の谷のナウシカ」が公開40周年を迎えた3月11日、宮﨑駿監督の最新作「君たちはどう生きるか」がアカデミー賞長編アニメーション映画賞を受賞した。受賞直後の記者会見で、「ナウシカっていうのはもう1回なにかやる可能性がありそうですか」と問われたスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーは「ナウシカをもう一度、その続きをやる気があるのかって……その機は逸しましたね」と話した。その一方で、鈴木氏は「君たちはどう生きるか」の受賞理由として、「要するに『時代性』っていうことですよね」「映画の基本は『なんで今のこの時代にこの作品が必要なのか』それをちゃんと考えるところ」とも発言している。この発言に引きつけて言えば「ナウシカ漫画版の映像化=ナウシカ2ほど時代性があり、世間がジブリに対して求めている企画は他にはない」と私自身は考えており、宮﨑監督と鈴木プロデューサーに対してもそう訴えたい気持ちでいっぱいだ。
なぜ、時代は「ナウシカ2」を求めていると言えるのか。それを明らかにするために、まずは公開中の映画「デューン 砂の惑星PART2」と「ナウシカ」との結びつき、対比から話を始めたい。
「デューン」の原作小説は1965年刊。ひとつの異世界をまるごと新たに創造し、「人間にとって政治とは? 宗教とは?」という壮大なテーマに迫ろうとした。エコロジー(生態学)を初めて本格的に扱ったフィクションとしても知られ、SF史の中でも「古典中の古典」に挙げられる。原作小説に衝撃を受け、高校時代には巻末の膨大な用語集を暗記するほど読み込んだ私にとって、莫大な予算と人手を投じて原作の世界観の完璧な再現に挑んだ今回の映画は「ハリウッドとドゥニ・ヴィルヌーブ監督には足を向けて寝られない」と思わせるほどの極上のギフトだった。
しかしながら、公開2週目に突入したばかりの映画館では空席が目立った。全米・世界での大ヒットに対して、日本での公開第1週の興行収入ランキングは5位。この落差が生じた理由は明らかだ。外来の支配者による圧政に苦しむ人々の前に、救世主が現れる物語――。そう、この作品には「聖書の再話」という面があるのだ。
主人公ポールが数々の奇跡を行い、人々の熱狂的な支持を集めて崇拝されていく様は否が応でもイエス・キリストを連想させる。しかし、この作品における救世主はイエスのように神が遣わした存在ではなく、「ベネ・ゲセリット」という秘密結社が数千年にもわたり主人公らの属する血統を操作し、いつかは救世主が現れるという「預言」を砂漠の民の間にあらかじめ広げておくことによって生まれた「仕組まれたメシア」なのだ。ポールは自らがそうした存在に過ぎないことを熟知しており、必死にその運命を拒絶しようとするが、結局は周囲の期待に抗しきれず、「救世主」の役割を自ら演じることを決意する。その行く末には、自らの信者たちが引き起こす「宗教戦争」によって死屍累々の世界が現出することを知りながら――。つまり、この物語自体がキリスト教の辿った歴史の強烈なパロディであり、キリスト教文化圏で生きる人々の魂を理屈抜きで揺さぶるモチーフにあふれている。
宮﨑駿が1982年に漫画「風の谷のナウシカ」の、イメージの源泉の一つとしたのが「デューン」だったことは以前から指摘されてきた。アニメーション研究家・叶精二氏の著書「宮崎駿全書」によれば、「ナウシカ」の初期案である「ロルフ」「風使いの娘ヤラ」の舞台は一貫して砂漠でイメージボードには、ガスマスクをかぶり砂漠を往く剣士、砂漠を走る巨大な芋虫「サンドオーム」などが描かれており、「明らかに(「デューン」の)影響が見て取れる」としている。毒ガスを吐く菌類の森=腐海という過酷な自然の中で、大国間の抗争に翻弄されつつ生きる民衆の間で語り継がれてきた「青き衣の者」「白い翼の鳥の人」という伝承。そして戦乱の最中、その伝承を体現するかのように登場してきた少女ナウシカ――。生命にあふれた腐海と不毛な砂漠という対比はあるが、「ナウシカ」の物語構造には「デューン」と重なるところが多い。
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