カール・シュミット『政治的なものの概念』

第19回

浜崎 洋介 文芸評論家
エンタメ オピニオン 読書

20世紀版「リベラリズム批判」の古典に学ぶ

 経済的自由による格差の拡大、移動の自由による移民問題の深刻化、貿易の自由による米中覇権戦争と、その反動としての高関税。今、世界は「自由の条件」である〈政治=国家〉を忘れてきたことのツケを払わされているかのように見える。

 その点、現状を考えるのに、カール・シュミットの『政治的なものの概念』ほどいい教科書はないのかもしれない。

カール・シュミット『政治的なものの概念』(岩波文庫)924円(税込)

 シュミット自身、19世紀以降のリベラリズムを、そして、その帰結としての20世紀ワイマール体制を批判していたが、その決算として書かれたのが、ナチスが独裁を完成させる前年(1932年)に出された小冊子『政治的なものの概念』だった(初出の1927年版の他、1933年版と1963年版がある)。

 その冒頭、「国家の概念は政治的なものの概念を前提とする」と書くシュミットは、まず、社会と国家が交じり合い、政治概念が曖昧になってしまった大衆社会状況を批判する。その上で、「政治」の存在意義を改めて問い直すのである。

 たとえば、道徳的領域では善と悪の、美的領域では美と醜の、経済的領域では有利と有害の価値判断があるが、政治的領域に固有の、そして、その究極の価値判断基準とは何なのか? その問いに対してシュミットが提示した答えが、あの有名な「味方と敵の区別」だった。

 この概念は、他の基準から導きだせない政治固有の概念であるだけでなく、その「味方と敵の区別」があって初めて、国家の内部と外部が確定される以上、味方と敵とを決定する政治的「闘争」が、経済的「競争」(自由)や、精神的「討論」(議会)をも規定すると言うのである。

 実際、経済的自由による富の偏在が加速すると、そこに潜在的なものとしての「政治」が姿を現し始める。経済格差の拡大は敵対する階級間の「闘争」を誘発し、まさに「味方と敵の区別」を迫る例外状態(戦争・革命・内戦)を導くのだ。要するに、味方(内部)と敵(外部)を確定する政治的安定(国家)が先にあって初めて経済は円滑に回るのであって、その逆ではないということである。

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source : 文藝春秋 2025年9月号

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