「正しさ」が排除した声を聴く
世界は2種類の人からできている。目に映る世の中を、正常に営まれ「それなりに回っている」と考える人と、「根本的に狂っている」と感じる人である。
リベラルが多様性の尊重を説くとき、想定されがちなのは国籍・人種・使用言語・性別……などの「違い」だ。むろんそれらも大切で、深刻だが、この世界を根本から2つに分かつ違いに比べれば、いずれも大したものではない。
伊藤計劃が2008年に公刊した『ハーモニー』は、WHOが全人類の健康をITで管理する形で、事実上は世界の統一政府となった未来を描くSFだ。だから今日では、新型コロナウイルス禍を予見した作品としても、読み返される。
だけどそれを可能にしたのは、むしろこの世界の深淵にある「分断」の所在を見据えたからだ。その警鐘は今なお、正しく読者に届いてはいない。

地獄のようなチェチェンの戦場で、幼少時からロシア軍の慰安婦にされて育った少女がいた。解放された後、「人道的」な養子縁組を通じて「平和」な日本へ移り住むが、そこで目にした世界は、ちょうど逆の方向に狂っているだけだった。
米国での内戦が核戦争に発展した近未来、WHOはすべての成人の身体にチップを埋め込み、ストレスが暴走しないよう管理する社会を作った。健康を保つための指示がコンタクトレンズに映り、刺激の強い報道はオートで検閲される。
往年の映画ですら、暴力描写を含むものは、資格を取らないと閲覧できない。一切の不快さや、悪に転じうるリスクをあらかじめ取り除いた、究極の「誰も傷つけない」日常が実現している。
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