動物言語学の幕開け

鈴木 俊貴 動物学者・東京大学准教授
ライフ サイエンス 教育

 気がつくと、目の前に長蛇の列ができていた。各国の研究者が僕と話をするために演壇の前に並んでいたのだ。「素晴らしい講演だった」「実験方法に驚いた」「君は聴衆の意識を変えた」。次々にかけられる称賛の言葉。列は途絶えることを知らず、次のセッションが始まるまでの1時間弱、僕は演壇を降りることができなかった。人生で初めての体験だった。

 大学3年の冬、僕の研究は始まった。長野県のとある森で鳥たちの鳴き声に魅了され、それから毎年数ヶ月間、フィールドワークを続けてきた。16年以上にわたる研究のなかで、シジュウカラの鳴き声の一つ一つには意味があり、言葉になっていることを突き止めた。

 例えば、「ヒヒヒ」はタカの襲来を知らせる声で、「ジャージャー」はヘビがいるという意味だ。「ピーツピ」は警戒を促す声で、「ヂヂヂ」は仲間を集める声。シジュウカラは単語だけでなく文章も作って会話する。「ピーツピ・ヂヂヂ」と鳴けば、「警戒して・集まれ」という意味だ。

シジュウカラ ©時事通信社

 シジュウカラ語の発見は世界中でニュースになった。というのも、古代ギリシアの時代から、言葉を持つのは人間だけだと信じられてきたからだ。動物の鳴き声は、恐怖や喜びといった感情は伝えても、人間の言葉のように具体的な意味は伝えないと、動物学者も考えていた。そのような潮流のなか、シジュウカラの鳴き声に単語や文章を見出した僕の研究論文には、多くの学者が驚いた。

 2022年8月、僕はスウェーデンのストックホルムで開かれた国際行動生態学会(ISBE2022)に招待された。本学会は、世界中の動物学者が集う最も大きな会議のひとつ。なんとその学会の基調講演を任されたのだ。国際学会に参加したことは何度もあったが、基調講演の演者といえば世界の名立たる研究者ばかり。何といっても学会のトリである。まさか38歳の自分が登壇することになろうとは、夢にも思わなかった。

 どのようにしてシジュウカラ語を解明したのか。基調講演ではまずその方法について紹介した。

 最も重要なのは観察である。どういう状況でどんな鳴き声を発するのか、鳴き声を聞いた鳥はどのように行動を変えるのかなど、一つ一つ入念に調べていく。しかし、観察だけではどうしてもわからないこともある。そんな時には実験をおこなう。

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source : 文藝春秋 2023年11月号

genre : ライフ サイエンス 教育