英語教育は能力に応じて

医療と教育を再生する

平川 祐弘 東京大学名誉教授
ライフ 教育
平川氏 ©文藝春秋

 古代から大陸の文化を学んだ島国日本人の第一外国語は、千数百年のあいだ漢文で、昔は中国人と会話する機会は少なかったから、教育は漢文古典の講読が中心となった。その様は西洋で青年の教育がラテン語古典講読が中心だったことと似ていた。通訳の身分で明治維新前に3回欧米に渡航した福沢諭吉は、西洋文明の偉大を痛感、漢籍を捨て英書を読めと主張、慶応義塾を開いて日本の「英学の父」となった。その時以来、英書講読が授業の中心となり、日本の第一外国語は英語、我国は言語的にも文化的にも「脱漢入英」した。

 物心ついてから習う外国語には学習に順序がある。文法から英文解釈に至る英語教育が日本人教師の手で行なわれるのは当然だ。しかし初期段階の次には、直接本国人から習う方が自然で、かつ効率的だ。

 グローバル化で誰もが海外渡航する。日本人は外国へ着いて言葉が通ぜず、みなショックを受ける。狼狽が深刻なだけに、「日本の英語教育が悪い」「会話を重視せよ」と「使える英語」の主張の大合唱となる。

 西洋でもラテン語より英語の時代だ。いまや西欧のエリートは母語と英語とバイリンガルである。ヨーロッパ人は同じ印欧語族だから、文法構造の似た英語を楽に話す。市中の会話学校も盛んでフランスの新聞にEnglish is moneyと露骨な広告が出る。教師は英語が母語の人だ。会話はネイティヴにかぎる。

 しかし会話教育一辺倒は本末転倒だ。現地で暮らせば会話は自然にできる。日本で学ぶ間は、西洋近代古典を英語で読んで、内容を文法的に理解し、きちんと日本語に訳すことで頭の訓練をする。外国語の習得は日本語を磨くことにもなるからだ。

 日本の過去について「漢文化によって汚染された」と非難しないと同様、西洋文明を排除せよ、と主張する気も私には無い。国内外で「ひきこもり」を歓迎しない私は、早期外国語学習に賛成で、会話も低学年からやればいいとは思う。

 しかし英会話の能力は、食卓で日本語でもよく会話するか否かの家庭の習慣に左右される。日本で電車通学の車内で友達とよく話す子は、外国で同じスクールバスに乗れば外国語で気楽に話すようになる。英文講読で基本を鍛えられた大人であれば、外地に滞在すれば、英語も話せるようになる。そして最終的には文体のある英語で論文・書物を出せるか否かが本人の語学力の証左となる。

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source : 文藝春秋 2023年2月号

genre : ライフ 教育