「坂本図書」とヒガンバナ

鈴木 正文 編集者
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「武満さんも小津が大好きだと知っていたので、『小津って、モホリ゠ナギだと思いませんか?』と言ったら、『その通りだ!』『あれはバウハウスだ!』『構成主義的だ!』と意気投合し」(「小津安二郎」)

「中上の文章は執拗に繰り返しがあったり、非常に粘着質だったり、正直僕には読みづらかった。しかし、その文章を『これはコルトレーンなんだ』『音楽なんだ』と思い、独特のグルーヴに乗ることを覚えると、むしろ心地よく体に入ってくる。中上健次の文章はジャズなのだ」(「中上健次」)

 ふたつの引用文は、9月24日に発売された新刊本『坂本図書』からのものだ。「坂本」とは、坂本龍一さんのことである。

坂本龍一氏 ©Sipa USA/時事通信フォト

 版元の「一般社団法人坂本図書」によれば、この本は、「坂本龍一が語る、本を介した36人の人物録書籍」である。雑誌『婦人画報』に、2018年から2022年まで掲載された見開き2ページの連載記事全36回分に、2023年3月8日におこなわれた坂本さんと僕との「2023年の坂本図書」なる対談記事を付加してまとめている。ちなみに、坂本さんが亡くなったのは、この対談が収録されてからわずか20日後の、3月28日であった。

『坂本図書』の発売と踵を接して、都内某所に、小さな私設図書室がオープンした。所在地は非公開だ。とはいえ、特設サイトを通して予約し、3300円を支払う用意がある人は、3時間までにかぎられるけれど、コーヒーや紅茶などのワン・ドリンクのサーヴィスを受ける権利を得て、そこに行くことができる。開館日は不定なので、予約同様、専用サイトに行かなければわからない。この秘密めかした施設は、「図書空間『坂本図書』」といい、運営するのは、書籍の『坂本図書』の発行元とおなじ「一般社団法人坂本図書」である。

 坂本さんの2冊の自伝本(『音楽は自由にする』と『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』)の聞き手を務めた僕は、この「図書空間」を、オープン前に訪れる機会を得て、坂本さんが読書時に座ったかもしれないという想像を逞しくさせるモーエンセンの、ひどく座り心地のよい一枚革の「スパニッシュチェア」に身を沈め、物思いにふけるひとときをもつ幸運に恵まれた。

 音楽・美術・文学・歴史・思想や哲学・風俗……とジャンルをまたぎ、絵本や洋書や古書も少なからずまじえて、いくつもの書棚とキャビネットにおさめられた数千冊は、坂本さんが読んできた本の杜の木々たちの一部だ。樹木が僕たちに、いのちをあたらしくする酸素を分けてくれるのにも似て、ここにある坂本さん由来の一冊一冊は、訪れた者の心に、「知の酸素」を分けあたえる。森林浴ならぬ書物浴にふけるうちに、坂本さんとの、ことばなき対話を楽しむ気分になれる場所だ。

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source : 文藝春秋 2023年11月号

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