子どもには「家庭」の温かさが必要だ。国会議員を辞めても社会貢献はできる
塩崎氏
「家庭養育優先」を実践
「私は引退という言葉は使いたくないし、隠居するわけでもありません。今までは立法府の人間として法律や制度を作ってきましたが、これからは一市民としてそれを使ってみたい。自らの経験を生かせることがあれば実践したいので、里親の登録をしようと思っています」
このたび、私は28年間にわたる国会議員生活に幕を下ろすことを決め、先月末の総選挙には出馬しませんでした。そう決断した後、私が中心になっていた「児童の養護と未来を考える議員連盟」などの合同勉強会で冒頭のように挨拶して、「里親宣言」をしたところ、会場はどよめきましたが、すぐに温かい拍手を送ってくれました。
「里親」とは、子どもを育てられない親の代わりに、一時的に預かって養育する人のことで、児童福祉法にもとづいて制度化されています。
法的に親子となる養子縁組とは違い、子どもの親権者は実の親のままで、実親の子育て環境が整った時点で親元へ戻るか、18歳になった時点で自立することになります。
日本には実親が養育できない、ないしはすべきではない子どもが、4万人弱いるといわれています。その約8割が児童養護施設などの施設で暮らしていますが、後で述べるようにいくつもの問題があるのです。
そこで私は、厚生労働大臣を務めていた2016年、児童福祉法を抜本的に改正しました。それまでは家庭環境が整わず、実親のもとでの養育が難しい場合、乳児院や児童養護施設に子どもを入所させることが優先されてきました。
その方針を大転換して、里親をはじめ、家庭と同じような環境で子どもが養育されることを優先させる「家庭養育優先原則」を条文に明記したのです。
これは簡単なことではなく、いまなお改正の理念を後退させようという勢力とのせめぎあいは続いています。今後も議連をサポートしていきますが、同時に一人の市民として、「家庭養育優先」を実践するため、里親になろうと思ったのです。
私は今月で71歳。妻も70歳ですが、里親には年齢の上限がありません。「やってみようか」と妻に相談したら、「もちろんいいわよ」と快諾してくれました。
松山市にある愛媛県の児童相談所(児相)に行って、里親登録の申請書をもらったのですが、居あわせた職員は、私の顔を見てびっくりしていた(笑)。先日、里親になるための研修の1回目を夫婦で受けましたが、会場では「今日は皆さんご存じの方が……」と他の参加者に紹介してくれました。
虐待事件は後を絶たない
高校時代は校長室を占拠
私が里親になると知って意外に思われる方もいるでしょう。日銀出身で、金融改革、企業統治などの経済分野に取り組んだイメージが強いかもしれません。ほかにも政治制度改革や行政改革に取り組み、一定の成果を挙げたと自負しています。
その一方で、児童福祉の問題にも20年以上、取り組んできました。同僚議員から、「なぜ票にもカネにもならないことに、ここまで時間とエネルギーを費やすんだ」と言われたこともあります。正直にいえば、どこからそんなエネルギーが湧いてくるのか、自分でも分かりません。
ただ、理不尽な状況への憤りのような思いがあるとはいえます。多くの現場を回って、何の責任もない子どもたちが、大人の都合で基本的人権すら侵害されている実態を、目の当たりにしてきましたから。
理不尽なことを見過ごせないのは性分ですね。都立新宿高校の3年生のとき、管理を強いる学校側に抗議するため、同級生の坂本龍一らと校長室を占拠して、10日間、ストライキをしたこともありました。
坂本氏
児童福祉の問題も、つい「自分が子どもの立場だったら辛いよなあ」と考えてしまうのです。
本格的に関わるようになったきっかけは、1998年頃に、地元・愛媛県の児童養護施設の理事長で、当時、全国児童養護施設協議会の会長だった方から、「児童養護施設の子どもたちについて話を聞いてくれないか」と打診されたことでした。
そのころ私は根本匠、安倍晋三、石原伸晃の3人と、それぞれの頭文字を取ってNAIS(ナイス)という政策集団を作っていました。さっそくNAISで関係者のお話を聴いたところ、児童養護施設の子どもの約半数は虐待が原因で入所していることを初めて知り、4人とも衝撃を受けました。
そこで、まずはNAISで勉強会を始めましたが、すぐに他の3人が党務や政務で多忙になったので、私が中心になって自民党内で私的な勉強会を立ち上げました。当初は議員数人の細々としたものでしたが、それを発展させて、2011年に「児童の養護と未来を考える議員連盟」を結成しました。いまは超党派の議連と合同で勉強会をしています。
ひたすらゲームをする子ども
児童養護の問題へ関わるようになってから、私は選挙応援などの機会をとらえて、ひとり全国の児童養護施設を回るようになりましたが、いろいろな問題点が見えてきました。
まず感じたのは、施設の多くが街の中心部から離れた場所にあるということ。あたかも社会から隔離されているような印象なのです。
内部を視察すると大規模な施設では、子どもの生活の場が個室であるケースは少なく、4人部屋や6人部屋が中心です。多くの子どもたちが廊下に座りこんで、ひたすらゲーム機に熱中している。こうした異様な光景にたびたび出くわしました。
普通の親なら、子どもが床に座りこんでゲームばかりしていると、叱るものでしょう。でも施設には、それを細かく注意できるほど、職員の数は多くありません。この子たちはこんな生活をずっと続けていくのかと思うとショックでした。
ところが施設の規模の大小で、子どもたちの様子はだいぶ違います。一戸建てで、5人くらいの子どもの面倒を見ているような小規模な施設では、子どもたちがこちらの目をちゃんと見てきます。一緒にご飯を食べたり遊んだりといった交流も、ごく自然にできるのです。
しかし、小規模施設に入所している児童は全体の15%だけ。残り85%は大規模施設です。
大きな施設だと、入所児童がそろって同じ学校へ行くので、周囲の目につきやすく、「あいつら施設の子だぜ」と色眼鏡で見られてしまいます。これが小規模で、なおかつ分散していれば、地域にとけこむことができます。
また、職員数が少なく、目が行き届きにくい施設では、子ども間で性暴力も起きやすいのです。三重県では2016年度までの9年間に111件も把握されていたことが明らかになりました。性的な関心だけでなく、集団内の力関係を植えつけるために、性暴力をふるうこともあるといいます。
こうした、いろいろな点から見ても、どうしても施設で養育するのであれば、地域分散型の小規模施設まで、と言えるでしょう。
児童養護施設
大事なのは子どもの視点
ただ、いま振りかえると、当時の私は未熟でした。当事者である子どもではなく、施設を経営する大人の視点でしか、物ごとを見ていなかったと思います。
それに気づくきっかけとなったのは、ある専門家の言葉でした。
「普通の家庭の子どもは朝、仕事に出かける親の背中をみて、『いってらっしゃい』と言い、夕方は帰ってきた親の顔を見て、家に迎えいれます。でも施設の子どもたちは、朝、出勤してくる職員の顔を見て、『おはようございます』と迎え入れて、夕方は職員の背中を見て送り出しているのですよ」
つまり施設の子どもたちは、家庭にいる子どもとは、まったく逆の生活を送っているわけです。
この話を聞いたときは、目からうろこが落ちました。子どもの視点に立つと、大人の目とは全く違う光景が見えてくる。だから対策も、子どもの視点で何が必要なのかを考えなければいけません。
児童福祉の問題が難しいのは、当事者である子どもの声を聞くのが、容易ではないということです。そもそも乳幼児はしゃべれないし、小学生、中学生、いや高校生になっても、自分の気持ちを言葉にして、大人に伝えるのは難しいでしょう。
これが、たとえばイギリスだとトラブルを抱えた子どもには弁護士が付きますし、子どものための裁判所もあります。
ところが日本では政治も、裁判所も、何もかもが大人中心です。私たち国会議員も、施設を運営する大人の声を聞いて、子どもたちの面倒をみてくれる職員の待遇を改善し、施設の環境整備に予算を獲得することが仕事だと思いこんでいました。
もちろんそれは必要ですが、いちばん知らなければならないのは、当事者である子どもの置かれた状況と胸のうちなのです。
それでもまだ大人寄りだった私の認識が、コペルニクス的転回を果たしたのは、厚労大臣就任の翌年。2015年の春でした。
日曜日の午後、10人ほどの子どもと家庭の専門家を議員宿舎へ招いて、ブレインストーミングを行いました。その一人、西澤哲・山梨県立大学教授がこう言ったのを、今でもよく覚えています。
「日本の児童福祉の体系は、戦後の浮浪児対策の延長のままですよ」
この強烈な言葉に打ちのめされました。
欠かせない愛着関係
児童福祉法とは昭和22(1947)年に成立した法律です。当時は戦災孤児が街にあふれ、食べるものも、寝る場所もなく、餓死や凍死も当たり前というような状況です。そのような子どもたちを施設に収容して救済しよう、というのが同法の趣旨でした。
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source : 文藝春秋 2021年12月号