私にとっての「つながらない時間」、そして至福の時間は劇場空間である。
中高一貫校で中1の時に高3の先輩に野田秀樹さんという天才がいて、同世代の多くが演劇にはまった。自分も中高の6年間に文化祭で演劇や映画を仲間と一緒に作ったりした。もちろん私に野田さんのような天分はなく、経営者の道に進んで今日に至るのだが、観客としては、歌舞伎から西洋古典劇、現代劇、オペラ、バレエまで、演劇雑食家である。演劇トータルで年間40回近く劇場に通う。
加えて中高時代から音楽も大好きで、音楽祭の合唱コンクールでは中高6年間指揮者をつとめ、文化祭ではロック系バンドもやっていた。その延長線で当時の仲間と今でもバンド活動を続けている。会社の忘年会パーティーで親子ほど年の違う若手と「ヒゲダン」の曲の演奏なども。そういうわけでコンサートもクラシックからロック、ジャズ、Jポップまで雑食的に楽しんでいる。これも年間20回くらいは会場に足を運んでいる。

スポーツも大好きで、中高大の頃は卓球、野球、サッカー、テニス、剣道、スキー。スタンフォード大学留学中はゴルフとこれまた雑食系。スポーツ観戦にも時々行くが、生のスポーツは「筋書きのないドラマ」なので自分の中では演劇の一種である。
どちらかと言うと忙しい方なので、隙間時間を見つけ、なんとかチケットを取って劇場に行く。それも小理屈やうんちくは振り回さない「素人観客」「好き嫌いがすべての観客」に徹して。へとへとな状態で客席に座り、芝居や演奏が始まると、そこは携帯オフの「結界」の向こう側。脚本家や作曲家が紡ぎだし、一流の役者や演奏家が現出する別世界に没入することになる。ネット空間とつながり、仕事とつながっている日常世界から、私は異次元の別世界に移動し、心も頭もいつもとは違う部分が刺激され活性化し、普段使い過ぎて凝り固まった部分はリラックスする。まさに至福の時間である。おそらく脳波的にはアルファ波出まくりなので、疲れもあって寝落ちすることも度々だが、それもまた良し。かの小澤征爾さんがどこかのインタビューで「クラシックの演奏中に眠くなるのは全然かまわない。僕だって居眠りすることがある」と語っていたのに甘えて「瞑想」させてもらう。もちろん周りに迷惑をかけるので「いびき」は禁物だが、幸いほとんどの場合、劇場通いが共通の趣味の家内と2人一緒に行くので、そういう時は横から肘でつついてもらう。
最後のフロンティアは人間
ギリシャ悲劇やシェークスピアなどの西洋古典演劇にしても、能の演目や歌舞伎の鶴屋南北、河竹黙阿弥などの我が国の古典演劇にしても、そこには人間性の本質が描かれており、だからこそ何百年、いや千年単位の時空を超えて現代の私たちの心を掴む。これはネットの時代になろうが、AIが大進化しようが変わることはない。むしろテクノロジーが発達するほど、最後のフロンティアは人間自身。ネット時代の到来で世界はつながり、フラット化、均質化するかと思いきや、実際に起きていることは分断の深化である。人類史もグローバリズムとローカリズムの間で振り子が行ったり来たりしている。人間性の本質は古来、あまり変わっていないのだ。
音楽についてもクラシック音楽は教会音楽に源を持ち、ロックやジャズにしても源流には人間の心の叫びと癒しの音楽がある。いずれも「演歌」、普遍的な人間の業が「音源」なのである。
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