スタッフや共演者と過度に親密になることはしない
スタッフや共演者とも過度に親密になることは控えてきた。その理由を中谷は、《移り気な性質のため、あまり親しくなりすぎると、共演した際に新鮮味を感じなくなってしまうんですね。バックグラウンドが見えすぎると、シリアスな場面でも笑ってしまって演技にならなくなりますし》と説明している(『婦人公論』前掲号)。彼女自身が生い立ちなどを明かしていないのも、そういう考えからなのだろうか。
「移り気で飽きっぽい」と彼女はことあるごとに自己分析している。それゆえ、作品ごとになるべく新しいこと、自分のできないことに挑戦するという気概で臨んできた。彼女はそんな自身を「性格としてギャンブラー」と称してもいる(『週刊現代』2012年8月11日号)。
5年越しのオファーが実現した初舞台での“過酷な経験”
舞台初出演となった井上靖の小説が原作の演劇『猟銃』(2011年初演)でも、いきなり1人で3役を務めるという無謀ともいえる挑戦をした。同作で演出を手がけたカナダ出身の映画監督フランソワ・ジラールは、それ以前に映画『シルク』(2008年)で一緒に仕事をしていたことから中谷に声をかけた。しかし、舞台に立つには長年の経験と肉体の鍛錬が必要だと思っていた彼女は、自分にはとても無理だと躊躇し、再三のオファーから逃げ続ける。それでも、この作品に取り組むことで自分の人生が変わるかもしれないと決心がつき、出演を承諾したときには5年が経っていた。
1人3役というのは中谷からの提案だった。劇中に登場するのは3人の女性で、ジラールからはそのうちの1人を選ぶよう言われたのだが、《正直なところ、一役では勝算がなかったんですよ。舞台の板の上に立ったことのない私のような人間が、熟練した二人の女優さんとの共演では、バランスが悪くなるって思ったんです。だったら三人演じてしまえば、なんとかなるのでは、と》考えたのだという(『週刊現代』前掲号)。
これが結果的にハードルを上げることになる。舞台上では1時間40分以上にわたってセリフを喋り通しのうえ、演じる3役のひとりが轟音のなか、怒りと悲しみと絶望に悶えて絶叫するという演出により、毎日喉に激しい炎症を起こした。それでも公演のあいだ鍼灸院に通い、喉の炎症部位に鍼(はり)を刺してもらいながら、どうにか舞台に立ち続けた。
《公演中は肉体を毎日ナイフで削っていくような、身体がなくなっていくようなそんな感覚を覚えました》とのちに振り返るほど過酷な経験であったが(『悲劇喜劇』2016年3月号)、それにもかかわらず、その後も2016年、2023年と再演を繰り返している。終わった作品に執着しない彼女には珍しいが、年齢を重ねたことで初演では理解に苦しんだ人物の心情もわかるようになるなど、再演により解釈がどんどん深まっていくのが魅力だという。
それ以前より難しい役を演じることは多く、そのために自分の喜びや幸せを封印して、極限まで自分自身を追い込むこともあった。ドラマ『白洲次郎』(2009年)では、女性で初めて能楽堂の舞台に立った随筆家・白洲正子を演じるため、1年間ほかの仕事を一切断って、能の稽古に専念している。

