神野三鈴との二人芝居『メアリー・ステュアート』(2015年)の上演に際し、自身の演じたスコットランド女王メアリー・ステュアートよりも、相手役のエリザベス1世の生き方に共感すると語ったのも、彼女が女性としての幸せではなくイングランドを背負うことを選んだとの理由からだった。当時のインタビューでは《何かを選択するには、何かを犠牲にしなくてはならない。すべてを手に入れることは無理だと考えているので。(中略)仕事を続けることで、私の場合もプライベートな時間をずいぶん削ってきました。そのことによって、失ったものも少なくないと思います》と語っている(『婦人公論』2015年5月12日号)。
夫の生き方から教わった大事なこと
そんな生き方も夫との出会いをきっかけに省みることになった。出会ったばかりの頃に彼が口にした「Life is too short(人生はあまりに短い)」との言葉に、彼女は人生は楽しむためにあると教えられたという。実際、夫は世界でもっとも多忙だといわれるウィーンフィルでほぼ毎日演奏し、合間には練習やレコーディングもこなしながら、寸暇を惜しんでロードバイクやマウンテンバイク、登山やスキーを楽しみ、地方公演に行くたび美術館巡りや当地での食事に喜びを見出している。また、仕事仲間でもある演奏家たちと温かくていい距離感の友情を育んでいた。そんな自分とあまりに違う彼の生き方に中谷は驚かされる。
“まったく予想外だった”結婚を決断
結婚すること自体、どこにも属さず、誰にも縛られない自由な関係を好んできた彼女にはまったく予想外だった。ヨーロッパでは婚姻関係を結ばずに家族として生きている人も多いので、彼と付き合い始めてからも結婚は考えていなかったという。しかし、ビザの問題などから結婚という形をとらないと生活に多大な不便が生じることがわかり、彼と一緒に暮らすには結婚しか方法がなかったという事情もあったらしい。
コロナ禍も中谷が自分の人生を見つめ直すきっかけとなった。もともと彼女は先天的な股関節の不具合から、常に身体のメンテナンスを必要としていた。それがオーストリア滞在中にコロナ禍に見舞われ、ままならなくなる。そのうえロックダウン中につい食べすぎて体重が増え、とうとう身体が悲鳴を上げてしまう。そこで、家の近所でたまたま見つけたプロのアスリートたちの集まるコンディショニングセンターで理学療法士やトレーナーらの指導を受けることにした。
このとき、カウンセリングしてもらったスポーツ心理学者から、ここにはスポーツに一身を捧げ、勝利以外に何も望まないアスリートがよく訪ねてくると聞かされ、《私とて他人から見れば、たかが知れた演技のために人生をなおざりにして来た愚か者だったのだと気付か》された(中谷美紀『オーストリア滞在記』幻冬舎文庫、2021年)。
