1992年、米国で11歳の少女が命を落とす痛ましい事件が起きた。捜査の過程で浮上したのは、精神疾患を抱える19歳の青年。警察の取り調べの末、彼は犯行を認める供述をするが、その内容には多くの矛盾が含まれていた。
無実の罪を着せられた青年のその後とは? 新刊『世界で起きた恐怖の冤罪ミステリー35』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
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ズタボロに殺害された11歳少女
1992年8月、米イリノイ州の工業都市ウォーキガンに住むホリー・ステッカー(当時11歳)は、夏休み中のアルバイトとしてベビーシッターを始めた。同月17日は近所に住むアレナ一家の2歳女児テイラーを預かりに17時ごろ同家へ。いつものように子供の面倒をみながら、夕食の準備を手伝っていた。通常なら20時には帰宅するはずだった。
が、予定時刻を過ぎてもホリーが戻らない。心配した母親がテイラー宅のアパートを訪れると、何かがおかしい。家の後ろのドアが蹴破られ、室内が荒らされていたのだ。
21時ごろ、通報を受けた警察が到着し、子供たちの寝室でホリーの遺体を発見する(2歳児は無事)。彼女は半裸の状態で、床に横たわっており、検死の結果、陰部と肛門を繰り返し犯され、27ヶ所の刺し傷を負い、絞殺されていることが判明。現場には血痕が飛び散り、キッチンのシンク近くには血のついた水滴と、洗い流そうとした痕跡があった。
さらにホリーの体内からは精液が採取され、指紋や毛髪、血痕の証拠も検出。犯人はアパートに強引に侵入し、ホリーを襲った後、逃走したと推定されたが、目撃者は誰1人いなかった。
