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2人にくだされた罰は…
1995年7月7日から浦和地裁で始まった裁判は、罪のなすりつけ合いとなった。関根は全ての事件への関与を認めながら「全ては風間の首謀」と主張。対し、風間は4人のうち暴力団幹部Eと運転手Wに対する死体遺棄事件への関与だけを認め、残りは関根が首謀と反論した。
また2人は、死体遺棄を手伝ったYが殺害の実行者だと主張した。審理は5年8ヶ月に及び、2001年3月21日に判決公判。
裁判長は、4人の死体損壊・遺棄で懲役3年の実刑を受け、その時点で刑を終え出所していた元会社役員のYの供述を最大の立証の支えとした検察側の主張をほぼ全面的に認めたうえで、互いに相手が首謀したとする両被告の主張を退け、Kさんを除く3人の被害者については「ほぼ対等な関係」で共謀が成立していると認定し、2人に死刑を宣告した。
