電話の主は、準主犯格Bの義兄だった。

 20年ぶりに聞く声だ。かつて私は東京の制作会社で契約社員として報道番組に携わり、義兄に取材を重ねていた時期があった。その後、北海道放送に転職し、近年は夕方のニュース番組で特集デスクを担当している。今は東京にいないことを告げると、義兄はそれでも問題ないというように、自分が働く会社で起きている不正について話し始めた。電話の用件は、この問題を報道で取り上げられないかという相談だった。一通り話を終えて返ってきた言葉に、私は絶句した。

「Bは死にました」

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 Bは私と同い年で、生きていたら53歳のはず。事故なのか、病気なのか。残虐な事件の加害者であることから、ご愁傷様とも、悲しいですとも言い難い。突然の告白に私は事態を呑み込むことができず、なんと返答すればいいか言葉を探していた。そんな私に構わず、義兄は話を続けた。

「トイレで倒れていたところを発見されたようです」

 一体Bに何が起きたのか……。

 山の稜線で不意に暴風に体をあおられたように心は激しく揺れ動く。だが、電話で事細かに話を聞く準備が整っていなかった。今度東京に行ったときに会社の不正の件と併せてBについても話を聞きたいとだけ伝え、電話を切った。

準主犯格として事件に関与

 登山が趣味の私は、電話があった翌日から夏休みを取っていた。北海道の屋根と言われる大雪山を縦走する行程だったが、いざ、木々が青々と生い茂る山中を歩いていても、心のなかは濃い霧が立ち込めているようだった。Bの死を告げる義兄の言葉が木霊(こだま)し続けていた。美しい景色を前にしても、取材で駆け回っていたときの記憶や情景がぼんやりと浮かんでは消えていくのだった。

江東区若洲の遺棄現場周辺 ©文藝春秋 

 事件で果たしたBの役割について、東京高裁の確定判決では以下のように認定している。

〈被告人Bは、被告人らのグループでは被告人Aに次ぐナンバーツーの地位にあり、被告人Aの指示を受け、あるいは独自の判断で、被告人C、同Dなどのグループ構成員を指揮し、被告人Aの片腕的存在であった。本件各犯行は被告人Aの主導のもとに敢行されたものではあるが、被害者に対する一連の犯行にあっては、同被告人から被害者を誘拐した旨の連絡をうけるや、『さらっちゃいましょうよ』などと、同被告人をそそのかす発言をし、監禁中の凌辱についても、極めて残忍な行為を積極的に行っている。