史上最悪の少年犯罪と呼ばれる「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」。事件から35年が経った2024年夏、元「ニュースステーション」ディレクター・山﨑裕侍氏(現在は北海道放送報道部デスク)のもとに一本の電話がかかってきた。発信者は、準主犯格Bの義兄で、Bがトイレで亡くなったことを明かした。
加害者の「その後」の取材を続けてきた山﨑氏の著書『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って』より一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/最初から読む)
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綾瀬事件についてインタビューが始まった
当日午後6時半。時間きっかりに現れた義兄は、私の記憶よりも背が高かった。20年ぶりに会う懐かしさよりも、緊張と少しの負い目が私の心を占めていた。
「お久しぶりです。よろしくお願いいたします」
黒いTシャツにジーンズ姿。ラフな格好だが、口調は礼儀正しい。「私の話が役に立つのなら」と話す謙虚さも、以前と変わらない。インタビュー用にイスや照明を準備した会議室に案内した。義兄が勤める会社の問題は撮影が終わったらヒアリングすることにして、まずは綾瀬事件についてインタビューを始めた。
「彼(準主犯格B)とはどういう関係性なんでしょうか?」
私は義兄とBとの関係から聞いた。義兄は私以外、どのメディアの取材にも応じていない。彼自身の素性を明かすことから始めるのが、何も知らない視聴者への道案内になるはずだ。
「義理の兄です」
「いつ義理の兄になったのですか?」
これも知っていることだが、改めて聞く。
「平成6(1994)年に、今の嫁と結婚をした際に、戸籍上そうなりました」
「今の嫁っていうのは?」
「先日離婚しましたので、今の嫁という言い方も変かな。嫁は彼の姉です」
「放送で言っても大丈夫ですか?」
「それは大丈夫です。はい」
義兄の妻は、Bの3歳上の姉だった。離婚したことを私はこの場で初めて知った。義兄という立場や離婚のことも、ありのまま報道することを了承してくれた。包み隠さず話そうとする正直なところも変わっていないようだ。

