2024年にサンダンス映画祭で上映され、米アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされながらなかなか公開されなかった。ようやく昨年12月にわずか1館での上映が始まると、話題を呼んで連日満席に。いまでは全国で拡大上映され、ネット上での賛否両論はヒートアップし続けている。ジャーナリスト相澤冬樹は、本作をどう観たか?

『Black Box Diaries』

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家族との率直な会話をさらけ出して

「かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂」

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 これが映画の第一印象だ。幕末、維新の志士を育てた吉田松陰先生の歌。鎖国当時、海外渡航は重罪だったが、国を案ずる“やむにやまれぬ”思いから決行した。映画『Black Box Diaries』の監督、伊藤詩織さんも、人生を賭して日本社会に一石を投じる“やむにやまれぬ”思いがあっただろう。冒頭の場面でそう感じる。

『Black Box Diaries』

「もしもし、お姉ちゃん元気? あのさ、お母さんから聞いたんだけど、お姉ちゃんがあの事件について話すって。そんなことしたらレッテル張られると思うんだよね。『あ、被害者の人だ』って。だから、顔出ししてほしくない」

 顔を出した記者会見に臨む前、妹がかけてきた電話の声。家族の極私的で率直な会話をいきなりさらけ出す。その声を車内で聞く伊藤さんの表情は硬い。だが宙を見つめる眼差しは“覚悟”を物語っている。リスクを承知で、被害を“なかったこと”にはしないと。やがて伊藤さんを乗せた車は首都高の分岐点に差し掛かり、進行方向を変えていく。人生の舵を切ったことを象徴しているのだろう。こういう印象的なカットが随所にさりげなくちりばめられている。

 例えば、川沿いの夜の桜並木を映したシーン。暗い川面に花びらが浮いている。美しい光景だが、伊藤さんはもうこの景色を以前のように愛でることはできないと気付く。被害を受けた日が桜の季節だったから。