現実を受け入れていかなければならない遺族

 私は直感的に、ご両親はきっと写真を見たほうがいいだろうと思いましたが、それをどのように伝えるべきなのか、言葉を探しました。すると検事が、「まず上谷先生がご覧になったらいかがでしょう。そのうえで、先生がどうすべきと考えるか、それを聞いてからご両親が写真を見るのかどうか決めませんか?」と助け船を出してくれました。ご両親が賛同してくれたので、私は隣の部屋に行って、検事からご遺体の写真を見せてもらいました。

 部屋に戻ると、資二さんと私との間で次のようなやりとりがありました。

「圭の傷は酷いですか?」

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「いいえ、思ったよりも酷くなかったです」

「顔の傷はどうですか?」

「お顔は綺麗です」

「表情は穏やかですか?」

「はい、穏やかです」

 その話を聞いて、先に資二さんが写真を確認しました。その後、資二さんが和枝さんに「見ても大丈夫だと思うよ」と声をかけ、和枝さんも写真を見ることができました。

 和枝さんは、泣き崩れるようなことはありませんでしたが、辛そうな、でも現実を受け入れたかのような穏やかにも見える表情でした。

 こうして、ご遺族は一つひとつ現実を受け入れていかなければならない、本当に過酷な場面に立ち会ったわけですが、私が見たのはほんの一部で、ご遺族は日常生活の一つひとつがどれほど辛いか、身を裂かれるような思いの連続だろうと感じました。

被害者が救われる司法とは

 公判に向けて、何度も心情等の意見陳述を書き直し、資二さんが自ら行いたいと希望している被告人質問案を検討し、準備を重ねました。

 資二さんは、圭さんのジャケットを着て公判に挑み、被告人質問で被告人を追及しました。ご両親共に、圭さんのお人柄がよく分かる意見陳述を行い、私も被害者参加弁護士として被害者論告をしました。

 検察官の求刑は「禁錮3年」でした。被告人が職業運転手であり、過去に交通違反歴もあること、過失の程度が重いことなどを考慮しても、当時の量刑相場からはおそらく執行猶予が付くだろうと思われました。予想通り、判決は「禁錮3年執行猶予5年」でした。

 裁判前から、「なぜこのような事件が殺人ではなくて、過失なのか」ということに苦しんでいたご両親が、執行猶予付き判決に納得できるはずがありません。しかし、その判決理由の中で、「親孝行に努めた息子を失った両親の精神的苦痛」が認定されたのです。