ご両親は裁判後、「裁判官が親孝行な息子と認めてくれたね」と救われたような表情で話していました。私は、裁判官の言葉の重みを実感しました。そして、「親孝行な息子」という一言を引き出すために、今後も被害者参加弁護士として死力を尽くさなければならないと思いました。
刑事事件の判決後も、民事の賠償請求などでご両親との関係は続きました。圭さんの望み通り、資二さんと和枝さんは復縁しました。圭さんのお墓をどうするか、ということをご両親はずっと検討されていたのですが、千葉に「樹木葬」ができるいい場所を見つけたという連絡をいただきました。
私はその樹木葬に、夫と一歳になったばかりの娘と参加させてもらいました。一人息子を亡くされた方に、自分の子どもの話をすることは勇気がいることです。それでも私は、資二さんと和枝さんとは今後ずっとお付き合いが続くであろうと考えており、夫に車で送ってもらったり、娘を仕事場に連れていかなければならなかったりする場面が出てくる可能性があることから、全てお話ししてみることにしました。そういうことをごまかしながらお付き合いを続けることは、お二人を裏切っていることになるような気がしたからです。
すると、お二人とも「どうぞいらっしゃってください」と歓迎してくださり、当日は娘のことをとても可愛がってくださいました。そして、「圭も結婚したらこんな可愛い子が生まれていたかもね」と寂しそうな顔をされました。
「親孝行に努めた息子」と述べられたありがたさ
その後、資二さんも和枝さんも、圭さんのことを題材にして小説を書かれたり、和枝さんはご遺族としてタクシー会社や家庭裁判所などで講演活動をされたりしています。資二さんが書かれた小説には私も登場していて、恐縮してしまうほどに素敵に描写されていたのですが、とてもありがたく感じました。
舞台俳優でもある和枝さんはしばらくお芝居を休んでいましたが、数年経ってようやく舞台に立てるようになり、そのお知らせをくださいました。私は家族で舞台を見にいき、それが毎年の楽しみになっています。
事故から15年以上が経過しましたが、人が亡くなる事件というのは、他の事件とは違う特別な何かを感じます。
私は、被害者支援について裁判官に講演する際、「親孝行に努めた息子」と述べてくれたこの事件の判決を紹介し、その一言がどれほどご遺族にとってありがたいことか、どれほど被害回復に資することか、という話をしています。被害者が救われる司法であってほしいと思います。
和枝さんは今でも、何をするにも「圭に恥ずかしくないように」とおっしゃいます。そのたびに、私も圭さんに恥ずかしくないように頑張らなければならないと思うのです。
