「そんな偉そうなこと言っていないのに…」白鵬が明かしていた複雑な胸中

 この2ヵ月後の春場所で、白鵬はついに報道陣の質問を一切受けず、文字通り、支度部屋で背中を向け続けた。

 2015年3月17日付、同朝刊スポーツ面

 場所の興味を、賜杯の行方よりも、何日目に優勝が決まるのかに向けさせるような圧倒的な強さだった。でも白鵬は、報道陣に背を向け続けている。

 今年の祈りの日も、そうだった。東日本大震災が起きた3月11日が誕生日の白鵬はその日がくるたびに綱の責任を考えるという。「この国のために、この国を背負っていく子どもたちのために何ができるのか。ずっと考え続けていきたい」と語ったことがある。

 全関取はいまも毎場所2万円ずつ寄付している。震災から向こう10年、総額8000万円超の義援金を決めたのは白鵬だ。各地で、津波に流された土俵を復活させている。特別な思いのある3.11にも、今年は何も語らなかった。

 33度目の優勝を果たした先場所の千秋楽翌朝。張り詰めた心身を解き放ち、美酒に酔った白鵬が口にした「審判部批判」。逆に批判された白鵬は貝になった。

 場所前、母国・モンゴルで、日本の国民栄誉賞にあたる「労働英雄賞」を受賞。日本に戻った白鵬が、こう漏らした。「『父は20世紀の横綱だった。私は21世紀の横綱になれた』と言ったのに(日本では)『21世紀の“大”横綱になった』と言ったことになっている。そんな偉そうなこと言っていないのに」

 この国を愛している、と語ったことがある。そんな白鵬の姿が伝わらない場所が続いている。

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©文藝春秋

「白鵬のカチ上げなんて、別にたいしたことない」横綱審議委員会からの苦言

 その後、「張り差し」や「カチ上げ」という、大相撲の禁じ手でも何でもない立ち合いすら、横綱審議委員会が苦言を呈するようになる。だが、張り差しやカチ上げは、立ち合いで脇が甘くなる。

 白鵬の現役当時、ある元大関の審判部幹部はこう語っていた。「白鵬のカチ上げなんて、別にたいしたことないでしょ。相手だって、カチ上げや張り返しをやり返してやればいい」と。

 ちなみに、千代の富士(故九重親方)引退のきっかけとなった1991年夏場所の貴花田(のちの横綱貴乃花)戦。千代の富士の立ち合いは、左の張り差しだったが貴花田は微動だにせず、甘くなった千代の富士の脇に右をねじ込むと、終始攻め立てて金星を挙げた。