「嫌われるという打ち返しに遭い続けた」名横綱・白鵬の孤独

 白鵬は揺れ続けていた。朝青龍と覇を争っていたときは、控えめにしてきたことで祖国モンゴルでの人気は、いまひとつ。一人横綱として不祥事続きの角界を支えて評価されたものの、稀勢の里への人気が盛り上がると、手のひらを返したように悪役視。

 そこで自分という存在を押し出してみたところ、さらに嫌われるという打ち返しに遭い続けた。これが、私が見てきた白鵬という希代の名横綱の孤独だ。

 そして、白鵬は土俵を去った。

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 2025年夏場所。

 私は、白鵬の退職を予期していた。そして、白鵬を慰留しようとしていた。場所中、誰もいない国技館の暗がりに呼び出し、何度となく、白鵬と話した。

 千秋楽の昼下がり。東京・両国の国技館の薄暗い通路で、白鵬は私にこう語った。

「相撲協会を内部から変えていく夢は、諦めました」

「相撲協会を内部から変えていく夢は、諦めました。これからは、外からがんばりたい」

 ただ、「辞める」という白鵬自身の言葉がなかったため100パーセントの確信が持てず、私は「白鵬、退職へ」というスクープを書くことはできなかった。

 しかし、「外からがんばりたい」と絞り出したあの言葉は、「退職する」という白鵬のメッセージだった。長年付き合ってきた私に、事前に意思を伝えてくれた彼の精いっぱいの誠意だったと、いま思う。

 白鵬の様々な言動が、様々な批判を受けてきたことは事実だ。横綱審議委員会から苦言を呈されたこともある。しかし——、

 白鵬はいま「相撲」という日本の伝統技芸を「sumo」という国際競技に昇華させる道を模索し始めた。その背中を、揶揄や罵声や批判ではなく、拍手で送りたい。

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