相撲部屋のちゃんことの違い…「味付けは、とにかく薄く薄く」

 藤井さんが語る、もう1つの「うまい理由」は、「雰囲気だね。でっかい鍋を力士と一緒に囲めば、そりゃあ、うまいよ」。

 部屋のタニマチ(有力後援者)の中には、味の秘訣を聞きたがる人もいる。だが、正確にレシピを伝えても、力士たちと同じ鍋を囲む、あの味にはならないらしい。

 最後に、もう1つ。

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「味付けだね。相撲部屋のちゃんこは、ひとくち目がうまいでしょ?」

 言われてみると、相撲部屋のちゃんこは味が濃い。力士は、真冬でも稽古で大量の汗を流す。さらに、ご飯をもりもり食べられるよう、鍋だけでなく、一品一品の味付けが濃いのだ。

「でもねえ、その味では、店はやっていけないんだよ」

 その理由とは——。

「相撲部屋のちゃんこは、ひとくち目はいいけど、ヨカタには箸が続かないんだよ」

 ヨカタとは、「一般人」という意味の角界隠語だ。

 藤井さんによると、稽古で大量の汗をかく力士のちゃんこは味付けが濃い。同じものを店で出すと一般人にはすぐに食べ飽きられてしまい、商売にならないという。

「店でもダシはしっかり取る。でも味付けは、とにかく薄く薄く」

 味が濃いと最初のひとくちはうまいが、箸が続かない——。これを逆手に取る「ちゃんこ長」もいたそうだ。

 藤井さんは前回東京五輪の前年1963年に初土俵を踏んだ。戦後の食糧難は脱していたが、それでも、牛肉の差し入れなどは、まれだった。

 めったに味わえない、すき焼きの時。ちゃんこ長から「濃くしろ」と指示された。相撲部屋では番付順に食事につく。ばくばくと関取衆に食べられたら、下っ端まで肉が回らない。そこで、食べ飽きるよう、わざと味付けを濃くしたのだ。

©文藝春秋

具のないみそ汁「目玉汁」の笑い話

 大昔の刑務所には「目玉汁」という隠語があったと聞く。具のないみそ汁。久しぶりに実が入っていると思って喜んで箸ですくったら、具だと思っていたのは汁の表面に映る自分の目玉だった、という話。

 同じような話が相撲部屋にもあった、と聞いたことがある。下っ端が鍋にありついた時には汁しか残っていなかった、なんて笑い話だが——。

「それは終戦直後の話だよ。俺が入門したころはもう、『汁しかない』なんてことはなかったね」と藤井さん。「でも、そっぷ炊き(鳥鍋)なのに鶏肉がなくて野菜だけ、なんていうのは、あったけど」と笑う。

 藤井さんが切り盛りしていた「ふじ井」。北の富士さんは毎晩のように、ここのカウンターで楽しんでいた。店を畳んだ際は、「俺の居場所がなくなっちゃったよ」と嘆いていた。

 井筒部屋伝統の味から、さらに磨きをかけた藤井さんの店。しかし、「体の動くうちに、きれいにやめたかった」。2015年夏場所千秋楽の晩、20年守ったのれんを下ろした。

最初から記事を読む 「ちゃんこ鍋」の「ちゃんこ」は、どういう意味? なぜ力士は「ちゃんこ鍋」を食べるの? 日本人が知らない“ちゃんこの秘密”にぐうの音も出ない