日本国民に愛されている国技・相撲。しかし、土俵の裏側でどんなことが起きているのか、力士たちがどんな生活を送っているのかを知っている人は、少ないのではないだろうか。

 ここでは、相撲界の裏話と感動秘話を綴った朝日新聞記者・抜井規泰氏の著書『白鵬はなぜ嫌われなければならなかったのか だれも知らない角界不思議話』(講談社+α新書)より一部を抜粋。「ちゃんこ鍋」の秘話を紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く

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故北の富士さん(元横綱)が愛した「ふじ井」のちゃんこ

 日本橋人形町にかつて、相撲解説者だった故北の富士さん(元横綱)が愛した「ふじ井」という力士料理の店があった。

 店主の藤井光和さんは井筒部屋の元力士で、大関霧島(現陸奥親方)や関脇寺尾(元錣山(しころやま)親方)の大先輩だ。北の富士さんは、ここの小料理と鍋を愛し、三日にあげず通っていた。

 元横綱が通い詰めるほどの腕をふるった藤井さんに尋ねた。なぜ、相撲部屋のちゃんこはうまいのか。

「ひとつは、スープだよ」

 家庭で作る鍋との一番の違いがダシだ。相撲部屋の鍋は、お湯から炊くのではなく、「そっぷ」と呼ばれる鶏ガラでじっくりと取ったスープを使う。

 ところで、力士はよく験を担ぐ。先述したように白星が重なれば、1週間くらい髪を洗わないことなど、ざら。そんな力士の験担ぎにぴったりなのが鶏肉だ。二本足で立ち、地面に手をつかない。“負けない”ニワトリほど、力士にとって縁起のいい食材はない。

「鶏ガラをね、骨が煮崩れるまで、徹底的に煮込むんだよ。それと、大量の野菜くず」

 こうして取ったダシで具材を煮込んだのが、いわゆる「ちゃんこ鍋」だ。スープには味がつけてあり、鍋からすくって、そのまま食べる。

 一抱えもある大鍋で煮込まれ、スープに加えて、具材からもどんどんダシが出る。これが、うまい。