決算発表の場は黒澤の退任表明の場ともなった。退任理由については、「任期の3年間をやり切った」としか説明しなかったし、社内的にも「事業以外にやってみたい分野があり、しばらく勉強したい」としか伝えられていない。
ただ、本人が自負するように、火葬料を値上げし、式場を大幅に増設のうえ、葬儀業に進出して、高収益体制をさらに確かなものにしたのは事実である。黒澤の役回りは、東京博善の「しがらみ」を断ち切ることだった。
社会常識から逸脱していた「心付け」を廃止
火葬を含む葬儀全般をすべて引き受け、相続対策など葬儀後もサポートする体制を築き、上場企業経営者の責任は果たした。また、値上げに伴って断たなければならない東京博善の「古い慣習」もあった。
それは給与の倍、あるいはそれ以上となり、社会常識から逸脱していた「心付け」の廃止である。「心付け」とは前章で触れたが、「火夫」と呼ばれる火葬炉を扱う職員、炉前で作業する職員、霊柩車の運転手などに対し、火葬ごとに葬儀社を通じて喪家が3000円、5000円、1万円と現金を渡す慣習だ。
葬儀が僧侶への「お布施」を含め、定価のない謝礼と善意で成り立っていた時代の名残である。一時期は安かった火葬場職員の給与を心付けで穴埋めする意図もあったとされるが、それが歪な慣習として残った。古手の葬儀業者が説明する。
「火葬料金の値上げとセットにするなら給与も上げるべき」と不満の声も
「かつては丁寧に焼いてもらうという思惑で『心付け』を弾む慣習がありました。新型火葬炉となって、特に近代化してからは焼き方にほとんど差はないのですが、遺体に近い仕事をする人の順に、心付けを渡すという慣習が残ってしまいました。平成になると国税も問題視して調査に入る例もあり、公共の火葬場ではほぼなくなり、民間でも雑所得として申告するように指導が入った。東京博善の場合は、火葬料の値上げを機に心付けの廃止が我々に通告されました」
かつて火葬場は、いわれなき差別を受ける職場環境でもあった。その埋め合わせという側面もあったが、業界体質の古さを言うなら自らも変わらねばならなかった。ただ、職員の間には、「火葬料金の値上げとセットにするなら給与も上げるべきだが、そうなってはいない。結局、収益は会社が持っていった」(元職員)という不満も残ったという。