夫は「プロ野球選手の妻」像を押し付けなかった
――「プロ野球選手の妻」になるという部分で、プレッシャーはありましたか。
アンナ 昔は「野球選手の妻たるもの、こうあらねば」みたいな暗黙のルールがかなりあったと思うんです。
例えば、アスリートを支えるための資格を持ったり、体調や試合のスケジュールを考慮したご飯を作ったり。かなり昔の野球選手だと、手を痛めないように重いものは全部妻に持たせていた、という話も聞いたことがあります。
でも、彼は基本的に自分のことは自分でやります、という人で。試合前に鶏肉が食べられればいいかな、程度なので助かりました。
――アンナさんは仕事もずっと続けられていますよね。
アンナ “野球選手の妻文化”の中には、妻は仕事をやめて旦那に尽くさないといけない、という考え方も根強くあったと思いますけど、彼はお付き合いしていた時から、「アンちゃん(アンナさんの愛称)はアンちゃんの好きなことを楽しくやっていてね」という人なんです。
そのスタンスは結婚後も子どもを産んでも変わらなくて、「アンちゃんはやりたいことをやって。それに俺もついていくし、子どももついていくだろうから」みたいな、そんな感じ。
移籍も「家族ファースト」で決断してくれた
――学さんはプロ野球選手としては珍しいタイプなんですかね。
アンナ そうかもしれないですね。ただ、私も最初は舞台の仕事を続けてたんですけど、拘束時間が長いので本当に一緒にいる時間がなくなってしまって。当時彼は楽天の所属だったので、本拠地の仙台と東京だと距離があるし、怪我の多い選手でしたが、手術の時も付き添ってあげられず。
そうした中で、私自身が仕事に集中できなくなっていたこともあり、彼から求められたわけではないんですけど、仙台を拠点にした仕事に切り替えて、公私のバランスが取れるようにしていきました。
――プロ野球選手の妻だからということではなく、互いのライフスタイルに合わせて変化をさせていったということで。
アンナ 逆にリタの障害がわかった後は、子どものサポートや私のメンタル面を考慮して、夫が私の実家に近い千葉ロッテマリーンズへ移籍してくれました。本当に感謝しかありません。
――社会的に求められる、“プロ野球選手の妻像”に疲れるようなことはなかったですか。
アンナ プロ野球選手の妻ではありましたけど、それはたまたま好きになった人がプロ野球選手だった、というだけなんですよね。
だからこそ、「妻だから◯◯しなきゃいけない」なんて誰が決めたんだ、みたいな反発心はずっとありました。
――時代が変わりつつあるとはいえ、まだまだ何か求められる振る舞いもあるんですか?

