そういう状況は小学校に入ってからもあまり変わらなくて。心配したママが学校以外で友達を作らせようと、新聞の広告にあった劇団に応募したんです。ただ私は6歳だったので、劇団が何なのかわからないまま通っていました。芸能界を目指す子たちが通う場所だと知ったのは高校2年生のときだったんです。

――さすがに遅すぎません!?

青井 それまで何を自分がやらされてるのか、わかってなくて。ただレッスン中に先生が「みんなはどういう大人になりたいの?」と質問すると、周りはやたらめったら芸能人になりたがるんですよ。それを聞いて「へーっ、みんなそんなに芸能人になりたいんや」くらいに思ってたんです。それで高校2年生の時に劇団が芸能人を目指す場所だと知って「えっ、それだったら辞める」となりました。

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©志水隆/文藝春秋

――芸能人を目指す場所だから辞めたんですか。

青井 はい。私、目立ちたがり屋じゃないし、表に立ちたくなかったんで。だったら劇団に通うのもお金の無駄だなと思って辞めました。

――先ほどのお話だと教科書や舞台に出ていたわけですよね。学校で注目を浴びそうですけれど。

青井 その注目がすごく嫌だったんですよ。東京じゃなく大阪なので、周りに芸能をしている子は1人もいなくて。美容室の広告やチラシになった時もあんまりいいことはなくて「あいつ、やたら目立ってるよな」と違う感じに見られる。

 高校生の頃にクラスメイトが「サインして」と私が載ったチラシを持ってきたんですよ。それでサインしたんですけど、その日の放課後になって帰ろうとした時に、ゴミ箱の前にぐちゃぐちゃってなってるチラシが捨ててあったこともありました。

ファッションが好きでモデルとして活動を開始

――青井さんはファッションが好きで、一時期はそちらに進もうと思っていたそうですね。

青井 幼稚園の頃からおしゃれがすごい好きで、人形の「ぽぽちゃん」にマニキュアでメイクをしてました。物心ついた頃からファッションコーディネーター、デザイナーになりたいと思っていて、服飾の短大に通っていたこともあります。

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 高校3年生で進路希望を出す頃に、メイクも髪型も服も、全部美容室とタッグを組んで一からファッションショーを作り上げる企画に応募をしたんです。そうしたら、運良くそれに受かって。そのステージに出たことがきっかけで、関西コレクションだったり、神戸コレクションに出たりとモデルの生活が始まりました。