――国による差もありそうですね。
竹中 その頃だと、「旧ソ連系の選手はやっぱり強い」という感じでしたね。東欧とかカザフスタンとか。表彰台には大体同じ国旗が並ぶという。
――そのマレーシアでの世界アームレスリング選手権大会の成績は?
竹中 右腕が優勝で、左腕が3位でした。
――同じく高校1年生の時に、全日本アームレスリング大会で3階級制覇もされていますよね。
竹中 55kg級、60kg級、無差別の3階級に出ました。正直、無差別に関しては挑戦でしたね。「やってみないと分からない」と。
結果としては3階級制覇できましたが、記録より「これは世界で勝つために必要なこと」と考えていました。
トレーニング中心の高校生活
――高校生活と競技生活の両立は大変ではありませんでしたか?
竹中 トレーニング時間を削らないように、家から一番近い高校に通っていました。農業高校だったんですけど、私の入った科の先生が相撲部の顧問で。だから、相撲部のトレーニングにだけ顔を出す、というのをやっていました。
――その頃のトレーニングは、1日にどれくらい?
竹中 1時間か2時間です。結局、鍛えるのは上半身の特定の部位だけなので。全身をやるわけではない分、そんなに長くはできないんです。全身くまなく鍛えて脚とかがデカくなっちゃうと、体重が増えてしまうので。
――他の部活からスカウトされませんでしたか。
竹中 私がアームレスリングをやっているのを知っていたので、誘ってくる人はいなかったです。逆に「頑張れよ」と言われるぐらいでしたね。
――腕が太くなることで、私生活で困ることは。
竹中 あんまり自分の体に不便を感じたことがないんですよね。ずっとこの感じでここまで来てるから、何も思わないんです。大人になってから筋肉を付けた人は、それまでの自分とのギャップでいろいろ感じることがあるんだなと思うんですけど。
――高校の制服なども困らず?
竹中 制服はちょっと大きめを買っていたので、特に困らなかったです。ただ、高校生の時って、寒いと制服の上に上着を着るじゃないですか。その上着の腕周りとか結構キツかったですね。
どちらかというと私服のほうが困りました。伸びない生地の服だと、やっぱりキツくて。中学校の途中ぐらいからはメンズ服を買うことがわりと多かったかもしれないです。腕周りやサイズのこともありましたけど、メンズ服のほうがデザイン的にかっこいいのがあったのでけっこう気に入って着てましたね。
写真=志水隆/文藝春秋
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