カメラマンの目の敵だった「共産党防衛隊」

「みやけん」らの一挙手一投足に注目し、「党大会」やの「集会」やの「デモ」には足しげく通っては煙たがられ……というより門前払いの繰り返し。それでもなかなかレンズに捉えることはできなかった。そんな「みやけん」に代わって矢面に立たされていたのが、不破哲三氏だったのである。

米軍のトマホーク・ミサイル配備反対集会に現れ、支持者と挨拶を交わす不破哲三氏。

 しかし、その不破氏を捉えるのも大変だった。有力政治家自身にとっても、記者クラブ加盟社の番記者やカメラマンにとっても、記者クラブに加盟していない週刊誌の、しかも文字通り無知蒙昧の1年生カメラマンなど、文字通りゴミ扱い。それほど、政治家取材の敷居は異常に高かったのである。今のようにフリーの記者が堂々と定例記者会見で質問できる環境など夢にも見なかった。

 しかし、そんな政治部の番記者や重鎮カメラマンの「一見さん嫌がらせ」よりもいやらしかったのは、「みやけん」や不破氏を警護する私設SPであった。

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 我々は彼らを敵意を持ってこう呼んだ。「共産党防衛隊」と。

本職の警察SPは「不倶戴天の敵」

 創価学会の池田名誉会長には本物の警視庁警護課SPが付くこともあるし、池田氏の私設SPにも警察OBがいたらしい。

 それに対し、共産党はかつて暴力革命による政権転覆をたくらみ、凶悪事件を引き起こした過去があるため、国から破防法(破壊活動防止法)による調査対象団体に指定されている。張本人だった「みやけん」自身も「スパイ査問事件」に関わり、あの「政界の暴れん坊」ハマコーこと浜田幸一衆議院予算委員長(当時)から「人殺し」とまで呼ばれていたほどで、当然警察を敵視しているため、一切、本職の警察SPを近づけさせなかった。

ハイヤーで駆けつけた「みやけん」を目と鼻の先で撮れた。直後 「防衛隊」に排除されたが、それでもついていく。

 ただし、共産党自身はこれらの凶悪事件を「個人の犯行」と位置付け、組織的関与を否定している。まあ、それを抜きにしても、戦前に特高(特別高等警察)から目の敵にされ、徹底的に弾圧された共産党としては、警察は不倶戴天の敵である。

 ちなみに「みやけん」も1933年に治安維持法違反で逮捕されているが、12年間獄につながれながら完全黙秘を貫き、大戦末期に「無期懲役」の判決で網走刑務所に収監。戦後、占領下にはGHQ(連合国軍総司令部)の働きかけもあり釈放、復権が叶っている。