「共産党のプリンス」と呼ばれた男

 現在に至るまで警察の監視対象である共産党だが、当時撮られた写真を見返しても、ひな壇に宮本議長の姿はない。先ほども述べたように、かわりに矢面に立っていたのは共産党幹部会委員長である不破氏だった。

 そんな不破氏だが、同じく共産党幹部を務めた上田耕一郎氏は実兄。実は「不破哲三」というのはペンネームで、著作は100冊以上ある。

 本名は上田建二郎。兄の耕一郎の耕が農民、弟の建二郎の建が労働者と、社会主義の主役を担う革命層の職種に因んだという。そんな重い名をつけるくらい、父親もバリバリの共産党員であった。

 ともに東大卒の秀才兄弟であり、わずか40歳で「みやけん」からその明晰さを買われ、共産党書記局長に就任。新聞テレビから「共産党のプリンス」と呼ばれた。天皇制を堂々と否定する男に「プリンス」はないやろと、当時の記者に突っ込みを入れたくなるが。

10.21国際反戦デーのデモ行進の冒頭だけ、ちょこっと先頭に立った不破、金子両共産党幹部。代々木の共産党本部近くにあった明治公園では、反政府デモや集会がしょっちゅう行われていた。

 そんな不破氏の弁舌は、当時の共産主義者にありがちな決まり切ったことをがなり立てるアジ演説と一線を画していた。国会論戦でもその調査能力と分析力を見せつけ、政敵であった与党政治家も舌を巻くほどだったのである。

 また、バリバリコテコテの共産主義者である「みやけん」を慕いつつも、2004年の共産党綱領改定では天皇制や自衛隊を容認するなど「柔軟路線」をとり、教条主義とも一線を画す現実派であった。

ADVERTISEMENT

不破氏が夢見た共産主義社会

 そんな稀代の秀才にして現実派が、なぜ共産主義社会という「夢」を見たのか。

 搾取する者もされるものもいない。医療も教育も無料。ホームレスも組織暴力もない。つつましいながら国民皆に住居も与えられ、たしかにそんな(まつりごと)を神が為すなら、その理想社会は実現可能である。しかし、隣人よりほんの少しだけでもいい暮らしを送りたいと考えるのは人間の性ではないか。

 理想の共産主義国家はいまだ誕生しないどころか、次々と破綻。生き残っているのは北朝鮮や中国という共産主義とは名ばかりの国家しかないのが現実である。

 共産主義の理想を追い求めながら、一度も政権を担うことは叶わず、国民に理想社会を提供することはできなかった。稀代の秀才は、それでも幸福な人生だったのであろうか。病や苦痛もない、不破氏にとっては今いる、あの世こそ理想の社会かもしれない。

撮影=宮嶋茂樹

次のページ 写真ページはこちら