荒っぽさは特高並み…防衛隊SPとの攻防
共産党が警察官を近づけないワケはまあ理解できる。だが、そのかわりにいる防衛隊ときたら、まあ荒くれ者である。
法令や立ち振る舞い、格闘技までを警察学校で1年近くかけて学ぶ本物の警察官とは別物。その荒っぽさは特高並みで、新聞・テレビ局の記者ならいざ知らず、写真週刊誌のバッタカメラマンなど、網走の刑務所送りの大犯罪人とばかりの扱いである。
当時所属していた写真週刊誌の編集部近くの宴会場「椿山荘」で行われていた会合に潜り込んだ際も直ちに見つかり、党員の目前であらゆる罵詈雑言を浴びせられ「総括」させられた。なんとか標的が現れるまで待機しようと、ティーサロンでコーヒーを頼み粘ったものの、椿山荘の支配人を連れてきて退去させられる始末。当時の屈辱で今でも深夜に飛び起きるくらいである。
番記者からも一目置かれていたカメラマン
もっとも我々が本当に恐れていたのは、そんな格好ばかりの私設SPではなく、先輩記者の「指導」であった。
「謝るくらいなら1発2発殴られてこい」
「惜しいのはてめえの命よりてめえが撮ったフィルムだ」
「この業界一度でもイモ引いたら一生笑いもんだ」
そんな言葉が堂々とまかり通る世界だったのである。それがいいとはもちろん思わんが。
だが、そんな先輩カメラマンの中でも、週刊誌カメラマンながら番記者からも一目置かれる人物がおられた。当時は「週刊文春」編集部の特派カメラマンであり、現在ネット世界では「フリーホッター」として知られる堀田喬カメラマン、その人である。
政界では衆参両院の国会議員はもちろん、その秘書から全国自治体の首長まで、財界に至っては一部上場企業の経営者たちの名前と顔を記憶していると言われる、おそろしい方である。
当時、写真週刊誌のペーペーだったワシは担当デスクから「パーティーや集会では、堀田が撮っている奴は全員撮ってこい。顔割り(人物の特定)はあとでこっちでやるから」と言われていたほどであった。
そんな海千山千の先輩記者やカメラマンからも、あるいは警察や右翼団体の一部からも、共産党の「みやけん」や不破氏は畏敬を抱かれる存在であった。


