塚原 場所は新潟の長岡でした。ご飯がうまかったのはよく覚えてますね。タコライス、カレー、サバ缶とか好きでした。18歳で入って20歳で出てきたんですけど、その間に18キロ太りました。

――18キロはすごい増量です。

塚原 毎日同じ時間に3食欠かさず食べる生活って、シャバにいたら仕事とかあるし無理じゃないですか。でも少年院だと規則正しい生活を強制されるので、出てきたらみんなに「顔まんまるでアンパンマンだよ」って馬鹿にされました。

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――少年院に入るとどんな生活になるのですか。

塚原 6時45分に起きて、朝飯食って、仕事して、昼飯食って、夕方までまた仕事して、夕飯食って、テレビを2時間ぐらい観て、寝る。毎日その繰り返しでした。年越しにはカップ麺のたぬきそばが出てきたり、日曜日は映画を観たり。まぁ自分で選べないから同じ映画2回目とかはよくありましたけど。

暴走族時代の塚原さん。2010年代の宇都宮で、特攻服にパンチパーマは気合が入っている 本人提供

――仕事というのは何をするのでしょう。

塚原 自分がやってたのは木を彫って文字を浮かせる作業で、1カ月で手元に残るのが314円でした。1年半いたので最後出てくときに5000円くらい渡されたんですけど、タバコをカートン買いしたらなくなりましたね。

――院内のルールはやはり厳しい?

塚原 少年院には悪い奴しかいないんで、出た時につながりができると良くないから喋っちゃダメなんですよ。でも隠れて喋ったり、トイレットペーパーに手紙書いて渡したりして。ボロボロの紙にボールペンで書くからすぐ破れるんですけどね。自分は中でも生意気だったんで個室に入れられて、期間も1年半でした。

「少年院から出たら遊ぼうと思っていたんですけど…」

――18歳で入って、出所する時には20歳になっていた。

塚原 それが奇跡的に成人式にギリギリ間に合ったんですよ。自分の年は成人式が1月10日ぐらいだったんですけど、1月6日に出所できたんで。出所は3日前くらいまでわからないんで「少年院で成人式だわ」って諦めてたんですけど、年明けに「3日後に出るから」と言われたときはテンション上がりましたね。

――出所より成人式にテンションがあがった?

 

塚原 一生に一度の晴れ舞台だから、やっぱり特別じゃないですか。18キロ太ったアンパンマン状態でしたけど、母親が赤い袴を用意してくれてたんでそれを着て出ました。

――20歳で出所して、更生できたのでしょうか。

塚原 いやあ、まだでしたね。出てきてすぐ「悪さしちゃダメだよ」って母親に言われたんですけど、20代後半ぐらいまでは通りで喧嘩することもあったし、まだフラフラしてました。