「姉さんが“精神”なら、お前もか?」
高校3年生の時、第1志望の大学は筑波大学でした。都市計画など建築分野の計算は苦にならなかったので、「ここで都市計画を学ぼう。そしてチャンスがあればアニメーターになる道を探れたらいいな」と考えていたんです。ところが受験に失敗した。
学科試験とデッサン、そして面接があったのですが、一番まずかったのは面接でした。詳しくは覚えていませんが、常にイライラしていて精神状態がよくなかった私は、面接官を否定するようなことを言ってしまったんです。面接官の顔色が如実に変わって「しくじった」と気づきましたが、後の祭り。
浪人をすることになっても、とにかく家を出ようとする気持ちは変わらず、勉強の合間には高校時代にも増して映画館へ通うようになっていました。けれどまた志望校を決める段になってみると、父が単身赴任で不在だったので、家に母と姉だけを残しておくのは心配でした。それで結局、志望校を変えて地元の北海道大学へ進みました。
けれども家にいれば常に姉に関する何かが起こり、しかも明快な解決には向かわない。モヤモヤして講義どころではない。そのせいで英語の単位を落としてしまい、担当教官が「なんでこんなに簡単な事ができないんだ。受験英語より易しいぞ」と注意してきました。
私は教官が気にかけてくれていると思い、家の話をした。するとその人は、
「姉さんが“精神(障がい)”なら、お前もか?」
と言いました。その時以降、家のことを他人に相談するのをためらうようになりました。
教官に言われるまでもなく、自分でも心配していました。誰にも言っていませんでしたが、統合失調症にならないことが私の人生の目標になっていました。姉が苦しんでいるように見えたので、自分も同じように苦しむことはなんとか避けたいと思った。
具体的にどうすればよいかはわかりませんでしたが、統合失調症になるのは若い世代だと言われていたので、発症しないまま早く30代、40代になりたいと願っていました。
当時聴いていたレコードのジャケット写真で見たギリシャの音楽家・ヴァンゲリスは、長髪に長い髭をたくわえ、哲学者のように泰然と落ち着いた顔つきをしていた。自分も早くそうなりたいと思っていました。