「家のまえを、熊が走っていきましたよ」
家方面へのバスは十五分後に来ることになっていた。いつもの自分なら待つのに決まっていた。停留所から家までの道にも熊が出たことを考え、真珠を持っていることだしタクシーに乗った。熊に負けた、と思いながら。翌日の朝七時、家のブザーが鳴り、早起きの親が応じた。
「さっき、木村さんの家のまえを、熊が走っていきましたよ」
近所の子どもたちが窓越しに目撃し、教えにきてくれたのだった。私は寝ぼけながら、お祝いをしにあらわれたのだろうか、と考えた。東京から帰るのを察して会いに来られたようでもあり、自分で書いた小説のなかの、リツ、という女になった気分もした。
十月十七日、岩手県の北上市の温泉旅館で、露天風呂を掃除していた従業員の男性が熊に襲われ亡くなった。笹崎勝巳さん。プロレスのレフェリーを長く務めていた方で、プロレスに無知な私でも名前を知っている有名レスラーたちがネット上に追悼文を書きこんでいた。いずれも信頼関係の厚さと慟哭の伝わる内容だった。いくら熊のニュースを見ても遠い出来事のように思っていたのに、笹崎さんがこんな亡くなりかたをするなんて、一気に身近になった、というふうなことを書いている方がいた。訃報を知り、どれほど強いショックを受けたことだろう。
盛岡に暮らし、連日、馴染みのある場所に熊の出るニュースを眼にはしていても、いま、この原稿を書いている時点で街にいる熊を目撃していない自分は、逆の感覚をおぼえている。散歩へ出ようとしたら家のまえにパトカーが来て「付近で、熊、二頭、出没したとの情報がありました」と告げて去ってゆき、散歩を止めたことはある。でも見てはいない。知りあいで体を傷つけられる被害に遭った人も、いまのところいない。
確実に近くにいるのに、なんだか遠い。
熊は、人を襲うときはまず眼を潰しにかかる。襲われた人はみんな顔の皮が剥がれる、という話は『熊はどこにいるの』に書いた。間近で出くわしたくはないけれど、川を泳ぐ熊(中津川沿いの定食屋のおかみさんは、見た、と言っていた)や、だれかの畑のものではない柿や栗の木に登って夢中で実をむさぼる熊(岩泉町の柿の木に通って鈴なりになっていたのを見事に食べ尽くした親子は、全国ニュースにもなった)などは、害の及ばない距離で眺めてみたい気がする。
駆除、という表現は熊をばい菌扱いしているようで好きではない。岩手県の作家といえば宮沢賢治(一八九六―一九三三)。賢治の熊もの、といえば「なめとこ山の熊」だ。子どもの頃以来で再読すると、二〇二五年秋の現状に向って痛烈に訴えかけてくる。