恋人がいながら他の男と性的な関係を持つ文菜は、「性に奔放な女性」に見える。しかし、そこに性への貪欲さや快楽は見えない。実際、文菜の中では「埋まらない心の穴」を埋めようとする手段に過ぎず、それが埋まらないことがわかっていながら、投げやりに関係を持つ。むしろ文菜の中では「性的なこと」のプライオリティが非常に低いのではないか。

「エロいサブカル女子」には、古くは『モテキ』劇場版の長澤まさみや、『ナミビアの砂漠』の河合優実など豊富な人材が揃う。朝ドラ『半分、青い。』で、登場するだけでねっとりした視線や声色で空気に湿度をもたらした石橋静河のようなタイプもいる。

「杉咲花を嫌いになりそうだから離脱」という人も…

 その豊富な「エロいサブカル女子」の系譜の中で、杉咲が演じる文菜が近いのは、映画『愛の渦』『二重生活』『ここは退屈迎えに来て』などの門脇麦かもしれない。愛され方がわからない、自分の価値を他人の欲望ではかる、心と体の距離のズレに戸惑う……そうした不安定さ・自他の境界の薄さみたいなものに、男達は気づけば入り込まれ、女性はからめとられていくような不安や怖さを感じるのだろう。

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監督は「愛がなんだ」「街の上で」などで知られる今泉力哉 公式インスタグラムより

 第1話には、居酒屋や喫茶店で隣の席に座った男女が今日はじめて相手の家に泊まるかどうかを探り合う会話を盗み聞きしているような、野次馬的な面白さと居心地の悪さがあった。

 しかし第2話では、親しいと思っていた人が別の人といるときに全く自分の知らない顔をしていることを知ったような、より逃げ場のない怖さ、寂しさが残る。

 多くの人は、自分でも気づかないうちに相手によって顔を使い分けている。その無意識のリアルを、これほど具体的で生々しい形で突きつけてくるドラマは稀だ。人物解像度の高い脚本と、杉咲花の精緻すぎる芝居が、それを可能にしている。

 結果的に、杉咲に対する反応は「杉咲花を嫌いになりそうだから離脱」派と、そこまで生身を感じさせる芝居への信頼・賞賛による「ただ杉咲花を楽しむドラマ」派に分かれている印象もある。

 引き込まれながら、見るほどに怖くなる『冬のなんかさ、春のなんかね』は、そんな感覚を視聴者に残す、紛れもない問題作である。

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