移住して以来、台本を覚えるのは東京への移動中や宿泊先のホテルでするようになり、オンとオフの切り替えがうまくできるようになった。ただ、最近は、『なおみ農園』や別府市にある立命館アジア太平洋大学の客員教員など大分での仕事も増えてきて、切り替えが難しくなってきたらしい。世間ではスローライフのお手本のようにもてはやされてもいるが、本人は《ただ1つ言いたいのは、「田舎でスローライフ」なんて誰が言ったの!? ということ。東京にいたときよりも日々やることが多くて、毎日時間に追われています》と漏らしている(『日経ウーマン』2022年7月号)。
離婚後に2世帯住宅へ引っ越し、さまざまな資格を取得
移住当初は大分市内の実家に住み、離婚が成立した翌年の2013年、その近所に二世帯住宅を建てて引っ越した。財前家の農園は、杵築市にある父方の実家が代々営んできたもので、大分市から折に触れて通っている。財前の生まれた杵築の家は1890年に建てられた木造家屋だったが、2023年に洋風家屋に建て替えた。
財前は50歳になったころから、さまざまな資格を取り始めた。社会貢献になるようなことがしたいと思ったことや、息子を塾に行かせるため、自分が勉強している姿を見せようという思惑もあったらしい。俳優は人の気持ちを演じるのが仕事ということで、まずメンタル心理カウンセラーを手始めに、上級心理カウンセラー、行動心理士、シニアピアカウンセラー、終活ライフケアプランナー、エレガンスマナーインストラクター、食品衛生責任者といった資格を次々と取得していった。
終活ライフケアプランナーを取得したのは、義母が亡くなったとき、遺品整理で残すべきものがわからなかったり、キャッシュカードの暗証番号などのメモを危うく捨てそうになったりしたことがきっかけだった。この経験から財前は、亡くなったときに備えて必要な事柄を書き留めておくエンディングノートの重要性を実感したという。
ただ、財前自身がいざ書こうとすると、まだ元気なのに死に直結することばかりで書きづらく、しかも書いたことがそのまま決定打になりそうな怖さも感じた。そこで彼女は、クレジットカードや通帳などをコピーしたもの、あるいはパスワードなどを書いたメモをファイルにまとめておく「ありがとうファイル」を考案した。これなら気が変わったら手軽に入れ替えられるというわけだ。
“種”をきっかけに広がっていく人間関係
昨年には長男が大学に入学し、子育ても一段落ついた。最近は、大分に古くからある種を使った農作物の栽培に力を入れている。この種を中心に人間関係も広がり、ますます忙しい毎日らしい。そうやって知り合った人には《好奇心旺盛な人たちが多く、大分発信の映画を作りたいなんて話もしています》という(「女性セブンプラス」2026年1月9日配信)。種が人間関係の種にもなり、新たな芽が生えようとしているようだ。60代に入った彼女はそれをいかに育て、どんな花や実をつけていくのだろうか。

