圧倒的なスタイルで「チート級ボディー」と称されるグラビアアイドルの青井春さん(27)。華やかな活躍の裏で、彼女は過去にファンからの執拗な性的嫌がらせに苦しみ、一度は芸能界を去った過去を持つ。
ファッションの世界を夢見ていた彼女が、なぜ「死んでもやりたくなかった」というグラビアの道に進むことになったのか。そして、彼女の心身を蝕んだハラスメントの実態とは……ライターの徳重龍徳氏が詳しく聞いた。
「死んでもやりたくなかった」グラビアデビューの真相
もともとファッションが好きで、服飾の短大に通いながら関西コレクションなどでモデルとして活動していた青井。芸能界への強い憧れがあったわけではなく、むしろ「目立ちたがり屋じゃないし、表に立ちたくなかった」という。そんな彼女の運命を変えたのは、個人事務所を設立してくれた知人の一言だった。
「ちょっと東京行ってみよう」
その言葉に押し切られ、アルバイトで多忙な中、半ば強引に東京へ。待っていたのはグラビアのコーディネーターを名乗る男性で、あれよあれよという間に出版社に連れて行かれ、水着姿にさせられた。「じゃあ来月撮影しましょう」。グラビアデビューは本人の意思とは無関係に決まっていった。
「私からしたらマジで訳がわからなかったんですよ。そもそも水着は着たくないし、グラビアは死んでもやりたくなかった」
当時、グラビアとAVの違いさえ分かっていなかったという彼女は、必死の抵抗を試みる。
「『グラビアをやるから絶対黒髪にして。ネイルもしないで』と言われていたのに、爪をめっちゃ長くして、髪の毛も真っ赤に染めて、現場に行ってました(笑)。新幹線の時間も決まっているのに、携帯の電源自体を切って、そもそも新幹線に乗ったかどうか分からなくしてました。ただ、いろいろ抵抗しつつも、撮影現場には行ってましたね」
抵抗も虚しく、3回目の撮影後には「ヤングマガジン」の表紙のオファーが舞い込んだ。当初は断固拒否したが、「撮影はグアムだよ」の一言に海外旅行好きの心が揺らぎ、承諾。しかし、台風で撮影地が沖縄に変更になると、へそを曲げてマネージャーの現場立ち会いを拒否するなど、最後まで抵抗を続けたという。
「こないだやった時、すごい気持ちよかった」…嘘のコメントとDMで鬱状態に
不本意な形で始まったグラビア活動だったが、それ以上に彼女を苦しめたのは、ファンからの露骨な性的嫌がらせだった。グラビアデビューを機に、SNSのフォロワーは女性中心から一気に男性へと様変わりした。それと同時に、目を覆いたくなるようなダイレクトメッセージが殺到するようになる。
「『いつヤラせてくれるの?』『早くヤラせてほしい』とか、気持ち悪いDMがめっちゃ来てました。デビュー当時は男性に免疫もなかったので、すごく怖かったです。あと、自分の体液をかけた私の写真を、DMだったり、リプライで送ってくる人もいて。Twitterの画面がそういうもので一面埋め尽くされちゃって。精神的なストレスがすごくて、耐えられなかったです」
高校から大学まで女子校育ちで男性に免疫がなく、さらに潔癖症で「チューとかも嫌」という彼女にとって、知らない人間から土足で踏み込まれる感覚は耐え難いストレスだった。デビューから1年が経つ頃、心身は限界状態に。手足の震え、過呼吸、止まらない鼻血、ついにはめまいがしてベッドから起き上がれなくなり、病院で「メニエール病」と診断される。
そしてある日、シャワーを浴びている最中に体が動かなくなり、パニック状態に陥った。
「シャワーが顔にかかって息ができないから止めたいのに、手が上がらなくて止められないんです。シャワーはなんとかなったんですが『あっ、私、このままだったら死ぬな』と」
そう直感した彼女は、グラビア、そして芸能界から離れることを決意した。
一度は全てを投げ出し、どん底を経験した青井さん。しかし、彼女は再びグラビアの世界に戻ってきた。辛い経験について「それがあったから今がある」と語る彼女は、なぜ復帰を決意したのだろうか。
<つづく>
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