止まらないケンカは、どうやって終わったのか。1983年3月23日、山口で起きた藤原喜明VSキラー・カーンの“ガチ衝突”。感情が剥き出しのまま続いた一戦の結末とは――。宝島社の新刊『証言 プロレス界ケンカマッチの真実』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
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キラー・カーン戦の結末
試合内容的には藤原が圧倒していたと伝えられるが、それは寝技ではなく、猪木vsアリ戦(76年6月26日)の前からボクシングの練習に取り組んでいた藤原がパンチで圧倒したという。
「まあ、ケンカの時に関節技を使うヤツはあまりいないよな。俺は自分の持ってるあらゆる技術を使ってやるだけだよ。
ケンカの結末なんか考えない。向こうがまいったするのか、レフェリーが止めるのか、それはその時次第。そうしたら長州(力)とマサ斎藤さんが乱入してきてな。長州が俺をボコボコ殴るんだけど、ほとんど寸止めでまったく痛くないんだ。そしたら長州が小声で『藤原さん、死んでください(やられてください)』って言うんだよ。
どうやら次の日がテレビマッチだったらしく、キラー・カーンの顔があまり変形してもよくないってことでな。結局、俺の反則勝ちってことになったんじゃないかな」
