お笑いの世界に入る直接のきっかけは、バンドの手伝いで知り合った人から、太田プロダクションのお笑い芸人養成のセミナーに通っている同級生がいると紹介され、安藤もそのセミナーに参加したことだった。紹介された相手が男性どうしでコンビを組んでおり、彼女も加わってトリオとして活動するようになる。

 最初に組んだトリオは、しばらくして1人が抜けて、安藤と残った1人のコンビになった。だが、だんだん相方にやる気がないことがわかって解散する。その後、高校で仲良くなった子とコンビを組んでお笑いライブに出演するようになる。

 定時制高校を4年で卒業後、20歳になる少し前には、お笑い芸人によるプロレス団体「西口プロレス」の興行で受付をやってほしいと芸人仲間から頼まれ、団体の旗揚げメンバーである長州小力と顔合わせに行ったところ、体格のよさを見込まれてかレスラーとしてリングに上がることが決まってしまう。結局、西口プロレスでは9年間活動し、最後は引退試合も開いてもらっている。

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29歳でコンビ解散を切り出され…「正直、キツかった」

 当時、30歳まではお笑いを全力で頑張り、芽が出なかったらやめると決めていたという。28歳で新たに女性コンビ「ぷち観音」を結成し、昼も夜もバイトをして生活費は月10万円でやりくりしながら、お笑いライブに出演、テレビにもちょこちょこ出始める。だが、安藤が順調にやっていると思っていた矢先、30歳を目前にして相方から「解散したい」と告げられた。後年、このときのことを《これまで流れに身を任せてやってきたけど ようやく本気になれるものが見つかったと思っていただけに 正直、キツかった》と振り返る(安藤なつ『介護現場歴20年。』主婦と生活社、2024年)。

 ただ、この時点ですでに決まっていた仕事があり、それをこなすため解散は半年先延ばしされる。安藤自身も解散を区切りに引退するつもりでいた。そこへ声をかけてきたのが、所属事務所サンミュージックの後輩のカズレーザーだった。

相方のカズレーザー ©文藝春秋

 カズレーザーはそれまでピン芸人として活動していたが、まったくウケず、あるときマネージャーから「このままスベリ続けて死ぬか、コンビ組むか、どっちか選べ」と迫られていた。そこで相方として目をつけたのが安藤だった。彼はぷち観音のネタをあまり面白いと思ったことはなかったものの、大柄な安藤と自分が並ぶとインパクトは大きいだろうと考えた。それに加えて、「最初からおもしろい人より、まだ完成していない人と組んだほうが、今までにない化学反応が起こるんじゃないか」という思惑もあったという(「アサ芸プラス」2016年7月5日配信)。