お笑いコンビ・メイプル超合金の安藤なつがきょう1月31日、45歳の誕生日を迎えた。

 筆者が安藤の存在を初めて知ったのは、メイプル超合金のメンバーとしてではなく、NHK-BSのドラマで消しゴム版画家・コラムニストのナンシー関を演じたときだった。そのあまりのそっくりさに、これほどの適役はいないと思ったものだ。『ナンシー関のいた17年』と題するそのドラマが放送されたのは2014年で、メイプル超合金がM-1グランプリの決勝進出を機にブレイクする前年だった。

1月31日に誕生日を迎えた安藤なつ ©文藝春秋

 ナンシー関が10代のころ雑誌『ビックリハウス』やラジオ番組『ビートたけしのオールナイトニッポン』など同時代のサブカルチャーから大きな影響を受けたように、彼女の20歳ほど下の安藤もまたサブカルにどっぷりハマった(青森出身のナンシー関に対し、安藤は東京出身という点が異なるが)。小学生のころには、アマチュアバンドのコンテスト番組『三宅裕司のいかすバンド天国』(略称『イカ天』)からブレイクしたバンド・たまに魅了され、その後、電気グルーヴや人間椅子、犬神サーカス団(現・犬神サアカス團)といったバンドにものめり込んだ。

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 中学時代には、犬神サーカス団が出演するというので、親に行かせてほしいとせがんでオールナイトライブを初体験している。そのライブにはやはり好きだったバンド・DRIVE MONE¥(ドライブマネー)が出ており、そこでもらったデモテープに連絡先が書いてあったことから、定時制高校に入学後、バンドスタッフの手伝いをするようになる。

「相方になりたい」と手紙を書いて…

『イカ天』は夜遅くの放送で、まだ小学生だった安藤は見られなかったが、中学生になると深夜番組も見られるようになり、とくにお笑い番組に熱中する。中学2年のときには、女性ピン芸人のアンラッキー後藤のファンになった。

元芸人のアンラッキー後藤(右)と(安藤なつのXより)

 あるあるネタを怒りながら叫ぶ芸風で人気を集めた後藤は「相方に逃げられたー!」と言うのをツカミにしており、足元にも「相方募集中」と書かれたフリップを置いていた。もちろんネタなのだが、純粋だった安藤はそれを真に受け、自分が相方になりたいと手紙を書いたほどだった。これに対し後日、「大学を出たら、ほかの仕事に就くので」と丁寧な返事が届いたという。なお、現在は引退している後藤さんとは2023年にトークライブで共演を果たしている。