姓なんて記号だからなんだって構わない?ペンネームと姓をめぐる長い遍歴

 今一度自分の状況を説明させて欲しい。

 私は漫画家でペンネームを鳥飼茜、と言います。この名前は頭から尻までいわば偽名であり、漫画家になるまでは本名Hという、世にも珍しい氏を名乗っていた。

 このHという漢字そのものを殆どの人は目にしたことすらないであろうし、読み方に至ってはとっかかり0%の難読文字である。

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(初見の国語教師が挑戦しては無惨に敗北する姿を何度も見た。)

 例えていうなら「爨」という字をなんと読むか、と似た程度の難しさだと思ってほしい。

 2008年、27歳の年に一度目の結婚をし、本名のHから、Oといういわゆる「一般的な苗字」になった。

 イメージで言うと、先ほど例に出した「爨さん」から「杉山さん」になったくらいの変身ぶりだと思ってもらいたい。

『今世紀最大の理不尽 それでも、結婚がしたかった』(文藝春秋)

 小学校の時から教室でいじられたり、初授業では必ず読み方をめぐって先生の微妙な間を生み出したHという奇抜な苗字を、結婚という順当な理由で卒業できて私はどちらかといえば幸せだった。

 じつは大人になるにつれ、Hという苗字に対する周囲の反応が「変な苗字(笑)」、から「変わっててかっこいい」、というふうにポジティブな変化を遂げたのだが、夫がHに改姓するという案は一度も出なかったし、それが当然だと思っていた。

 今からおよそ20年前のことで、1996年に法制審議会で選択的夫婦別氏制度の導入がはじめて提言されてから約10年経ってはいたが、20代の私はそんなニュースはつゆとも知らず結婚相手の苗字に変わることへほのかな幸せのようなものを抱いていた、と思う。

 電話口などで「Oです」と名乗るたび、すんなりと聞き取ってもらえる喜びときたらなかった。これまでの通じなさから、私は自分の滑舌が異常に悪いものだとばかり思っていたのだ。

 苗字がOになってすぐに子供ができ、2歳になる頃に離婚をした。

 特に()めたりいがみ合って別れたのでないことと、O姓である子供との繋がりやこれまでの便利さを考えると、ここで本名のHに戻す選択肢は無かった。そもそも、結婚して姓をHからOにした時の手続きの煩雑さは異常だった。

 国民健康保険、年金、パスポート銀行口座クレジットカード各種団体保険ほか……苦労して変えたものを一から全部戻して行くなんて何時代の罰だよ、と思っていた。

離婚届

 かくして離婚後も結婚時のOの姓を名乗っていた私だったが、2018年に再婚の運びとなった。

 その当時少し話題になりつつあった事実婚というものが、頭を(かす)めないでは無かった。が、相手が結婚を求めた理由が遺産にまつわるものだったこともあり、事実婚ではカバーできない事態を懸念して、再び法律のもとの結婚を決めたのだった。

 そのころには選択的夫婦別姓の導入を求める声があちこちで上がっていて、それが出来たら良かったのにとも思いつつ、私がまたも夫の姓に変更することになった。

(いま思えば恥ずかしい話だが、当時結婚を前にした話し合いで「事実婚を明かすことは『自称』要素が強くて、自分たちのことをみずから夫婦なんです分かってくださいと触れ回っているようで恥ずかしいから、規定通りの法律婚が良い」という意見の一致があったことを覚えている。本当に、世間を何も知らないでなんて愚かなことを思っていたんだろうか。発想がしょうもなさすぎる。)

 おおかたの周囲の予想通り、2度目のこの法律婚も3年で破綻を迎えた。離婚時点で結婚時共同で購入した家があること、それをすぐには売却できない事由があったこと、それから本音を言えばなるだけ私が穏便に離婚を済ませたい一心で、離婚後すぐさま苗字を戻すという行動がお相手の心象を悪くするんじゃ、という行き過ぎた懸念があり(住む家のことが後に片付くまではこれが続いた)、結局苗字は2度目の結婚相手のもののまま、数ヶ月がたってしまった。

 そもそも私には先にもお伝えしたとおり、ペンネームという便利なものがある。なのでいかに本名の苗字が変わろうが、通称はこの20年変わらず偽名の「鳥飼」なのであった。

 ちょっと奮発した食事や買い物でうきうきと決済する時の署名が、病気やけがで不安な時に病院で呼ばれる名が、自分が事故にでも遭って死んでしまった時にアナウンスされる名がなんであろうが、構わないじゃないか。構わないのだろうか? え、本当に?

 苗字なんて記号だから、本当はなんだって構わないと頭では思う。でも2度目の離婚の数ヶ月後(つまりようやく共有不動産問題が片付いたあと)、これらのシチュエーションで今の苗字を呼ばれるシーンを想像すると、心臓の裏側にいっせいに湿疹が出来たかのような壮絶な違和感を覚えるようになった。

 一度目の離婚後にそういうことはなかったので、事情によるというか、なんでそこまでの異物感を感じるのかを最も平たく説明するなら、どの人間にも相性というのがあり、2度目の結婚は自分が自分らしいままではいられない種類の相性だった。と解説しとくのが穏便なところかと思う。

 何かで名前を呼ばれるたび、またどこかのレストランを予約するたび、可愛い飼い犬のワクチンのお知らせを受け取るたび、自分が自分のままではいられなかった時のことを思い出してちょっと息苦しい。

 ちなみにレストランの予約なんて仮名でもなんでもいいのに、なぜそんな律儀に本当の名を書くのか、と思われる向きもあるだろうが、何を隠そう私は大・まじめ人間なんである。

 適当な名前を伝えて、いざ会計となった時、クレジットカードの名義と違うことがバレたら。そんな不安を抱えて美味しく食事ができないくらいの律儀さ。融通が利かないともいう。

 自分で選んでしたことでそんなふうに思うなら、離婚した時にさっさと戻しておけよ。と、愚かさを笑うのは、一度でも結婚相手の苗字に変えたことがある方だけにしていただきたい。

 とにかく、すぐにでも苗字を変えなければ。

 そう思い立ち、区役所に電話をかけて手段を聞いたのが2度目の離婚の翌年である2023年。今から2年前だった。