体を動かす爽快感や心地よさは一切ない

――感覚がない中で体を動かすことで、爽快感みたいなものは。

佐藤 体を動かす爽快感や心地よさは一切ないです。「家に帰りたい、一日も早く退院したい、早く歩きたい」しかなかったです。

――長年、「たいそうのおにいさん」として体を動かしてこられた経験は、リハビリに役立ちましたか。

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佐藤 それは間違いなくありました。自分の体のどの筋肉がどう動くかという知識、いわゆるボディイメージが頭の中にしっかりあったので、理学療法士の先生との意思疎通がスムーズにできたんです。「この筋肉を意識して」と言われれば、感覚がなくても頭でイメージして動かそうと想像することができる。

 ただ、逆にそれがもどかしさにも繋がりました。頭では完璧に動きが分かっているのに、足が全く反応しない。そのギャップに何度も心が折れそうになってしまって。知識がある分、できないことの重大さも理解できてしまうんですよ。

リハビリをする佐藤さん(写真= 本人提供)

――発症からどれくらいで歩けるように?

佐藤 6週間後ぐらいです。

――かなり早い回復になるわけですよね。

佐藤 早いです。歩行器を使って病棟の中を歩けるようになった時は、うれしくて。病棟の廊下がグルグル回れるようになっていて、行き止まりがないんです。だから、1時間ぐらい歩いていました。

 看護師さんが「佐藤さん、そろそろ」と声をかけに来て、今度は反対回りで歩き始めて。「いやいや、そろそろ左回りに変えるとかじゃないんですよ、そろそろお部屋に戻ろうってことです」って言われちゃって(笑)。

「回復が遅れるから」家には手すりも何もつけていない

――当初は2024年12月末まで入院する予定が、8月には退院をされたそうですね。

佐藤 とにかく病院から出て、家に帰りたかったんです。でも、家に帰ったら帰ったで、リハビリに集中できる環境ではなくなる。リハビリ病院にいれば、やりたい機材も全部そろっている。そういう意味では、少し後悔しました。退院しなきゃよかったかな、と。

 退院する時に、病院からも「佐藤さんを甘やかすような環境づくりはしないでくれ」と言われました。それに頼ると回復が遅れるから、バリアフリーにするのは良くないと。なら要らないなと思って、今でも家には手すりも何もつけていません。

パーソナルトレーニングを受ける佐藤さん (写真=本人提供)

――ご自宅に戻られて、最初に感じた困難は何でしたか。

佐藤 やはり階段ですね。病院はすべてバリアフリーですから。自宅の階段を上り下りするのが、最初の大きな壁でした。一歩一歩、とんでもなく慎重に踏んでいって。あとは、お風呂ですね。浴槽をまたぐという単純な動作が、こんなに怖いものかと思いました。転倒のリスクと常に隣り合わせ。日常生活の中に、いかに多くの「当たり前だったこと」があったのかを痛感しました。