統合失調症の姉と、病気を認めず、病院に連れて行かず、長期にわたって自宅で面倒を見る父と母。その日常をビデオに撮り続ける弟——。2024年公開のドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』は、そんな家族の記録である。
同作の監督・藤野知明氏が先月末、映画と同名の書籍『どうすればよかったか?』(文藝春秋)を発表した。
「姉は病気なのだから、病院に連れていけばよかった」という一見明解な正解や正しさは、当事者の現実に必ずしも結びつかない。
そうした「ままならなさ」を生きる家族について、監督であり、著者であり、そして当事者のひとりである藤野氏に話を聞いた。(全4回の2回目/3回目に続く)
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映画には入れられなかった「撮られてはいけないこと」
――本書の読後感としては、お父さんも、息子が撮っているのは単なるホームビデオではないと、気づいていたのではないかと思いました。
藤野 まあ、父は気づかないふりをしていたのかもしれないですね。そうすることで事を荒立てないようにしていたのかもしれない。というのも、「これは撮られてはいけないこと」ということをわかって行動していましたから。
――「撮られてはいけないこと」というと……。
藤野 私は大学生の頃から、父が台所で食事の準備をしている時に、胸ポケットからスポイトのようなものを取り出して、姉のお茶に何かを入れる動作をするのを見ていました。姉に向精神薬をひそかに飲ませているのではないかと思い、父を問いただしたこともあります。でも、何も答えてくれなかった。
その後、家の中でビデオを回すようになると、両親が食事の準備をしているところを撮影していれば、父が何かを入れるところを撮れるかもしれないと思うようになりました。一度、父が胸ポケットに手を入れたことがあるんですが、その時はすぐに手をもとに戻した。私が撮っていることに気づいて、「今はやってはいけない」と思ったのでしょう。
――藤野さんの「お父さんが無断でお姉さんに投薬していたのではないか」という疑いは、映画にはなく、書籍で明かされることです。
藤野 父が何かを入れようとしている様子を撮影した記憶はあるのですが、その時のテープが出てこないんです。撮影素材を見返し始めたのは姉が亡くなってからのことです。それまでは、撮りっぱなし。だから他にも見つかっていないテープがあります。姉が入院する日の映像もまだ見つかっていない。荷物のどこかに入っているかもしれないのですが。

